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コトタさんの教えて!春秋戦国 第3回

なた「前回は登場してすぐ康王が亡くなりました」

コトタ「企画の都合上、これからも登場してすぐに

    死ぬ人物がたくさんでるんですね……」

なた「でしょうね!!

   というわけで昭王はどうなるのか、見ていきましょう」

 

行方不明の王

コトタ「冒頭の流れからだと、いきなり不穏なサブタイトルなんですが……?」

なた「すぐにわかりますから、気にしないでください。

   えっと、昭王即位後、すぐに法律が復活してます」

コトタ「前回までの40年間は法律が不要な程平和だったんでしたね」

なた「ですです。

   法律が復活したってことは、周の治安が悪くなったのでしょう」

コトタ「なんでまた?」

なた「周王室の徳が薄くなったんでしょうね。

   その証拠に色々おかしいことが起こっています。

   春に咲く花が真冬に咲いたり、夜空に星が見えなくなったり、

   逆に夜空が星で明るくなり過ぎたり、井戸水が溢れたり」

コトタ「天から炎が出て宮殿焼かれたりしませんでした?」

なた「それは紂王クラスじゃないと……。

   あとは魯の幽公(周公旦の孫)が弟の沸に殺されたのですが、

   特に周としては何も対策を講じていません。

   沸がそのまま魯公になってます」

コトタ「えーーーー!?」

なた「そんな天下を乱したっぽい昭王ですが、

   即位16年後に自ら楚征伐に向かってます」

コトタ「楚は何かしたのですか?」

なた「わかりません。

   そもそも成王が熊繹を楚子(子爵なので子)に封じていて、

   熊繹自身は呂伋(太公望の子)らと共に康王を輔弼してたんですがね」

コトタ「謎ですね……」

なた「ちなみに熊繹の先祖が文王時代から楚地で勢力を築いていたようです。

   彼らは所謂異民族でした」

コトタ「漢民族じゃないんですね」

なた「まあ漢が誕生する900年近く前の話ですし……。

   それに周自体も羌族説がありますし、当時だと異民族って括りも変かもですが」

コトタ「確かに」

なた「いずれにせよ、そんな楚を昭王は征伐へと向かったわけです」

コトタ「ふむふむ」

なた「大軍を率いての大遠征でしたが、見事に全滅しまして、

   昭王までもが行方不明になる事態に陥ったのでした」

コトタ「行方不明の王……」

なた「で、とりあえず王不在にもしておけないので即位したのが、

   昭王の息子である姫満、穆王でした」

コトタ「戻ってくるかもしれないのに?」

なた「後日、ちゃんと死んだことがわかったようで、

   そこで正式に即位したみたいです」

コトタ「あー……」

 

馬車自信ニキ

なた「ここからは穆王のお話です。

   即位してから12年経ち、父に似たのか西戎征伐の兵を挙げています」

コトタ「理由は……?」

なた「諸侯のひとり祭公が言うには、

   "西戎は攻められる理由がない為、攻めるべきではない"とのこと」

コトタ「理由ないじゃないですかー!!」

なた「ですね。

   "徳を示せば武力なんていらない"とも言われたんですが、

   穆王は無視して西戎征伐へ行ってます」

コトタ「また行方不明になんてなりませんよね?」

なた「大丈夫です。ちゃんと穆王は勝利したんですが、

   それが原因なのか、遠方の蛮夷の地から朝貢が一切届かなくなったみたいです」

コトタ「まあ理由なく攻めてくる国に尽くす意味もないですしね……」

なた「穆王が遠征してる間に洛邑を徐国の偃王が攻めているのですが、

   そっちは造父(人名)という馬車自信ニキによって穆王をすぐに洛邑へ運んだ為、

   沈静化に成功しております」

コトタ「馬車自信ニキ……」

なた「洛邑が沈静化した後、今度は当然徐を攻めることになったのですが、

   穆王は何を思ったか、楚に使者を送り徐征伐を命じたのでした。

   ちなみに使者は馬車自信ニキの造父で、1日で楚に到着したとのこと」

コトタ「馬車自信ニキは置いといて、楚は従う義理があるのですか?

    昭王のことがあったのに」

なた「どこかのタイミングで和睦したのでしょう。

   楚は同意して徐征伐に向かってますから」

コトタ「ほええ……」

なた「しかし、徐偃王は仁義に厚い人だったみたいでしてね。

   民衆を戦で死なせるのを良しとせず、戦わずに逃げたのでした」

コトタ「それは仁義なのでしょうか……?」

なた「数万の民衆が徐偃王に付き従っていますし、

   荊州での劉備と同じでしょう」

コトタ「徐偃王はどうなったんです?」

なた「残念ながら(?)攻め滅ぼされてますね。

   それより馬車自信ニキのことが気になりませんか?」

コトタ「いえ、別に……」

なた「えーー!

   超短期間で結構なキャラ付けをしたのに!?」

コトタ「そんなに重要人物なんですか?」

なた「もちろんです。

   造父は趙に封じられ、子孫は趙氏を名乗ってますから」

コトタ「ん、それって……?」

なた「そう、後に戦国七雄に数えられる趙の始祖と言える存在なんですよ!」

コトタ「おお、確かに重要人物でした」

なた「造父が運転する馬車での旅行が楽し過ぎて、穆王は帰るのも忘れたそうです。

   相当な馬車自信ニキだったのでしょう」

コトタ「穆王のキャラがよくわかりませんが、お茶目そうですね。

    若かったのでしょうか?」

なた「いえ、穆王は即位55年に105歳で亡くなってますので、

   50代以上でのお話ですね」

コトタ「ええ……」

なた「穆王は幾度となく征伐や旅行で都から離れていたのもあって、

   周はまとまりがない状況に陥ったとも言われております」

コトタ「悪い王ではないが、良い王でもなかったってとこでしょうか」

なた「んー、難しいですね。

   穆王には他にもエピソードがありますし、個人的には好きな王です。

   まあ亡くなった話をしちゃいましたので、次の王に進み……たいところですが」

コトタ「次回ですね?」

なた「はい、次回にしておきましょう」

コトタ「それでは次回の"教えて!春秋戦国"をお楽しみに!」

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