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コトタさんの教えて!中国史 武将編 第3回 岳飛 後編

なた「"コトタさんの教えて!宋史"も今回で283回目ですね」

コトタ「"教えて!中国史 武将編"の3回目です!!!」

なた「そうでした……。

   というわけで前回の続きを早速やっていきます」

コトタ「中国史上最大の英雄、岳飛でしたね……。

    ではお願いします」

 

実際問題上中下の3回に分けても良かった

コトタ「いやいや……、

    サブタイトルぐらい真面目にしてください」

なた「思いつかなくて……。

   教えて!シリーズはたくさんやってきましたが、

   分量の次に悩むのがオープニングトークとサブタイトルですからね」

コトタ「気持ちはわかるんですけど……」

なた「気を取り直して本編です。

   えっと前回は北宋が靖康の変で金によって滅ぼされ、

   康王の元に宋の残党が集まって息を吹き返そうとしていたってとこで終わってます」

コトタ「文官の宗沢が司令官で、その中に岳飛らが参加してたんでしたね」

なた「ですね。

   岳飛はすぐに賊討伐に駆り出されて活躍しています」

コトタ「賊出過ぎでは?」

なた「まあ統一王朝がぐっだぐだですからね。

   そうなれば官軍とも言える存在が大変な状況ですし、

   賊がのさばるのも当然でしょう」

コトタ「確かに……」

なた「で、当然賊討伐だけでなく、金軍との戦いでも岳飛は大活躍してまして、

   北宋時代なら難しかったでしょうけど、康王政権下ではトントン拍子で昇進しています」

コトタ「今は少しでも味方が必要ですしね……」

なた「そして……、後編始まってすぐなんですけど、

   ここから早足でいきます」

コトタ「あ、はい」

なた「張邦昌という人物がいるのですが……」

コトタ「えっと……?」

なた「前回名前出してませんでしたね。

   金軍が1回目に開封を包囲された際に人質として出された北宋の政治家さんでしてね」

コトタ「なるほど。

    2回目が靖康の変ですから、徽宗や欽宗より先に金軍に捕まってた、と」

なた「捕まってるって表現も微妙ですね。

   なんとこの張邦昌、楚の皇帝になってます」

コトタ「?????????」

なた「話が飛躍しすぎましたね。

   金軍も北宋を滅ぼす力と勢いがあったとは言え、

   北宋の領土全体を保持することは難しかったんです」

コトタ「戦争は勝った後が肝心ですものね……」

なた「で、金は"漢民族の王朝を作って間接統治させよう"と考えます。

   そこで選ばれたのが張邦昌だったわけです」

コトタ「皇帝とは名ばかりの傀儡ですよねぇ」

なた「ですね。

   でも張邦昌は結構敏腕でしてね。

   宋の故地から金軍を撤退させること、宋の宗廟に手を出さないことなどを

   金に約束させてるんです」

コトタ「忠臣だった……?」

なた「そうでしょうね。

   その証拠に金軍が黄河を渡って北上すると、

   すぐに退位してます」

コトタ「えっ」

なた「楚は32日で滅びたとあります。

   そのまま張邦昌は元皇后だった孟氏を迎え入れ、

   康王を皇帝に指名させたのです」

コトタ「おっと……?」

なた「康王は群臣にも推戴され即位し、高宗となります。

   斯くして宋は復活したのでした。

   ここからの宋を一般的に南宋と呼びます」

コトタ「西晋と東晋みたいなものですね」

なた「ええ。

   そして、張邦昌は高宗の元に馳せ参じ、

   "皇帝を名乗った罪"を謝罪しにきています」

コトタ「いやいや、それは金の政略によるものでしょう」

なた「それでも名乗った事実はありますからね。

   ただ、"高宗は"張邦昌を許す気満々だったんです。

   だって、武力を用いずに平和的に金軍を撤退させたんですから」

コトタ「高宗は……?」

なた「許さなかったのが宰相の李綱ら主戦派だったのです。

   張邦昌はやったことからわかる通り和議派でしてね」

コトタ「あれ?高宗自身はどっちだったんです?」

なた「高宗、というか当時康王は主戦派の面々によって宋復興の旗頭となりましたよね」

コトタ「でしたね」

なた「張邦昌と孟氏の力添えはあったにせよ、

   皇帝に推戴したのも主戦派の面々なわけです」

コトタ「司馬炎にとっての賈充派……?」

なた「そういうことです。

   高宗は主戦派の意見に抗えなかったのでしょう。

   張邦昌は残念ながらここで死を賜っています」

コトタ「あらら……」

なた「あっ!早足にしてませんでした!

   巻きますね!!」

コトタ(語りたい癖に……)

なた「その後、南宋は南下し、臨安に遷都しています。

   主戦派としては"ガンガンいこうぜ!"と中原快復を目指していたのでしょうけど、

   この遷都にも高宗の和議派っぽい意図が見えますよね」

コトタ「ですねぇ」

なた「なんといっても朝廷内の主戦派筆頭である李綱が罷免されてますからね」

コトタ「あからさまに高宗は和議派だ……」

なた「そんな高宗ですが、実は即位が疑われてましてね。

   なので権威が安定していなかったのですが、

   そのタイミングで金から捕虜となっていた欽宗を返還するって話が出てましてね」

コトタ「欽宗は高宗の兄ですか?」

なた「そうです。

   さらに自分の帝位と権威を揺るがしてしまうことを警戒し、

   欽宗が帰ってくるのを拒否しちゃってます」

コトタ「ええ……」

なた「また、宗沢や韓世忠、岳飛らが各地で軍閥として力をつけており、

   高宗の思いとは裏腹に南宋ではやはり主戦派が台頭している状況でした」

コトタ「ふむふむ。

    さりげなく岳飛が登場しましたが……」

なた「ええ、さりげないですが今回の主役です。

   その前に何度も登場している宗沢について。

   いずれ本人の回で詳しく語ろうとは思ってますが、

   高宗や和議派の動きによって金軍攻撃の上奏を全部無視され、

   結果として憤死しちゃっています。

   李綱が朝廷にいれば変わったのでしょうけど、

   上述の通り罷免されてましたし」

コトタ「あまり宗沢の事跡をこの記事で書いてないので、

    ピンとこないですが……」

なた「君主との関係性は度外視するならば、

   劉備軍において関羽が死んだぐらい重大な事件ですね。

   宗沢は金軍からも恐れられていましたから」

コトタ「ほええ……」

なた「徐々に主戦派から和議派に傾いていってたんです。

   それでも岳飛は宋復興の為に賊討伐や金軍攻撃を繰り返していました。

   1140年には旧都だった開封目前まで攻め上がることができ、

   真の宋の復興も目前だったわけですが、事件が起きています」

コトタ「1140年……、あれ?

    岳飛の話になったと思ったら早足になりました!?」

なた「ええ、かなり省略してます。

   秦檜って宰相が当時高宗の右腕として朝廷を支配していたのですがね」

コトタ「えっと……?」

なた「実は靖康の変からしばらく金軍の捕虜になっていた人でしてね。

   1130年頃に金から解放されると、高宗の元に馳せ参じ、

   すぐに宰相に上り詰めています。

   高宗も秦檜の帰りに大喜びしたそうです。

   流れからしても金と通じていたんでしょうね。

   秦檜は和議派の筆頭として金との和平交渉に尽力しています」

コトタ「でもその頃は(生きている)宗沢や岳飛ら主戦派が台頭していた?」

なた「はい。

   秦檜は朝廷内や軍部の主戦派から叩かれてます。

   何万件も引用RTで叩かれる大炎上状態でした」

コトタ「例えがよくわかるような、わからないような……」

なた「しかし、主戦派がいくら秦檜を叩こうと、

   トップである高宗自身が和議派ですから、当然のように秦檜を支持します。

   まあバックに金がいるのですから、高宗も強気に出れるんです」

コトタ「あー……」

なた「話を戻して事件について」

コトタ「そうでした。

    開封目前まで岳飛らが攻めてたんでしたね」

なた「ですです。

   しかし、秦檜が金との和議政策の一環として、

   全軍を撤退させちゃったんです」

コトタ「えーーーーーーーーー!?」

なた「その勢いで和議を拒む主戦派の政治家や将軍は

   罷免されたり、降格されたり」

コトタ「やりたい放題ですか……」

なた「そして、宗沢亡き今、抗金の功績でも主戦派としても筆頭であり、

   英雄として大活躍していた岳飛さえも毒牙にかかります」

コトタ「どういうことですか!?」

なた「謀反の罪を着せられたんですよ。明らかに冤罪ですが……。

   韓世忠が秦檜に"岳飛の謀反の証拠があるのか!?"と問うたところ、

   "あったかもしれない"という返答のみ」

コトタ「!?!?」

なた「この記事では全然描かれていませんが、

   尽忠報国と背中に刺青を彫るほどに国に忠を尽くした岳飛は、

   秦檜の奸計によって処刑されたのです」

コトタ「その後どうなったんです!?」

なた「秦檜の政略によって、金との和議は成立しております」

コトタ「宋としては……良かったんでしょうかね……」

なた「秦檜の評価ってのは両論ってぐらいのバランスでしてね。

   そもそも和議は間違ってることではないですし。

   でも基本的には岳飛を殺したクソ野郎!って感じです。

   三国志における曹操や劉禅擁護論と同様に秦檜擁護論はありますが、

   やっぱ中国史上最大の英雄を殺した罪ってのはなかなか覆らないものです。

   本場中国では今でもボロクソ言われてるらしいですよ」

コトタ「まあ……そうですね……。

    少ししか登場してないですけど、

    岳飛が国の為に踏ん張ってたってのはわかりますし、

    何だか悲しいです」

なた「ですね。

   でもコトタさん、安心してください。

   岳飛は秦檜の死後にちゃんと名誉回復してましてね」

コトタ「そうじゃないと困ります……」

なた「死後半世紀以上経ってますが、鄂王として追謚されてるんです」

コトタ「王ですか……」

なた「岳飛はそれぐらいの人物だってことです。

   ちなみに……」

コトタ「ん?」

なた「前回の冒頭で列伝について少し含んだ物言いしたの覚えてますか?」

コトタ「そういえば……」

なた「この記事からもわかる通り(ほとんど登場してないけど)、

   列伝されること自体は当然の人物なんですがね。

   実は宋史の岳飛伝の記述って、ほとんど岳珂(岳飛の孫)が

   祖父の功績を後世に残す為に編纂した書物を丸写ししちゃってるんです」

コトタ「それはつまり……?」

なた「私は岳飛大好きですが……、

   はっきり言って宋史における岳飛伝の記述は信憑性が薄いってことです。

   それこそ三国志の趙雲も子孫が趙雲別傳というのを残してましたよね。

   そっちは陳寿が本文に採用していませんが」

コトタ「岳飛の功績は作り上げたものの可能性……?」

なた「いやあ、さすがにそこまでは言ってません。

   細かいところは脚色が多いんだろうなーってぐらいです。

   それにそもそも宋史自体が正史の中でも評価が低いんで……」

コトタ「元も子もなかった……」

なた「さて、余談ですが、冒頭に登場していた張邦昌のお話」

コトタ「何故そこで張邦昌が……」

なた「張邦昌は(小説の)岳飛伝では悪役として描かれています」

コトタ「えっ!?!?」

なた「それもそのはず、岳飛が主役の作品ですから、

   主戦派が正義、和議派は悪って構造が根っこにあるんです。

   それこそ演義における劉備が正義、曹操が悪ってのと同じで」

コトタ「張邦昌のやったことを聞く限り、悪人には感じないんですがね……」

なた「史実とフィクションのバランスって難しいですよね。

   しかし、フィクションは当時の民衆の思想がわかりやすく

   反映されてるので、ある意味で史料なんだなぁって思ったり」

コトタ「ですね」

なた「というわけで長くなりましたが、

   今回はここら辺で」

コトタ「岳飛が一番登場少ない気がしますが……。

    次回はちゃんとしましょうね!!」

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