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コトタさんの教えて!項羽と劉邦 第117回

なた「今回の主役の予定だったのが張釋之という人なんですが」

コトタ「オープニングトークでそういう話をするのは初めてですね?」

なた「なかなか面白い人物でしてね。

   ただ彼の事績を最後まで紹介するとなると、

   景帝(文帝の息子)代の呉楚七国の乱まで絡んでくるのでやめることにしました」

コトタ「あらら……」

なた「そっちはそっちでいずれ別の企画でやろうと思ってますので」

コトタ「なるほど」

なた「その企画では比較的知名度が高い?周亜夫(周勃の次男)も登場しますしね!

   予定であって、いつやるかは決めてませんが……」

コトタ「長い企画の後は一旦休憩しないとですしね」

なた「ですねぇ……。

   それでは本編行きましょう」

コトタ「はーい」

 

その後の漢王朝・その4

なた「今回は紀元前176年からスタートします」

コトタ「お願いします」

なた「前年に丞相となり、匈奴の右賢王を倒した灌嬰が亡くなりましてね」

コトタ「また1人愉快な仲間達が消えた……。

    では丞相は誰が?周勃が戻ってきた?」

なた「いえ、張蒼です」

コトタ「誰……?」

なた「彼も愉快な仲間達の1人で古参メンバーでしてね。

   元々は秦で役人をしている時、罪を犯して故郷に逃げたのです。

   丁度劉邦が南陽を攻めている頃で、張蒼は劉邦の客人として迎えられました。

   しかしそこでも張蒼は罪を犯して死刑判決を受けまして」

コトタ「あの……その人登場してから罪しか犯してないんですが……」

なた「まあ聞いてください。

   張蒼はとても背が高く、とても太っていたんです」

コトタ「えっと……で……?」

なた「王陵がその姿を見て"張蒼は只者じゃないです。殺してはいけません"

   と助命した為、何とか許されたのでした」

コトタ「ふむふむ」

なた「その後は真面目に劉邦に仕えてましてね。

   楚漢戦争中は郡守を任せられ、諸侯国の宰相を歴任しています。

   天下統一後には他の愉快な仲間達同様に北平侯に封じられ、

   直近では淮南王の劉長の宰相をしていました。

   そして呂氏誅滅後に御史大夫(副首相格)に任じられていて、

   今回の灌嬰の死で丞相就任ってわけです」

コトタ「蕭何や曹参以外にも政治家タイプの愉快な仲間達がいたんですねぇ」

なた「ええ。

   ちなみに漢王朝の歳首(1年の始まり)を10月と定めたのも張蒼です。

   ただの政治家ではなく、博識で勉強家な政治家だったのでしょう。

   自分を助命してくれた王陵を父の様に尊敬していましてね。

   実は言うのを忘れてましたが王陵は呂氏誅滅の紀元前180年に

   前後して亡くなってまして」

コトタ「あら……」

なた「張蒼は王陵の死後はその妻に敬意を込めて目にかけていたようです。

   かなり義理堅い人でもあるってわけです」

コトタ「そんな張蒼が丞相になったって話ですね」

なた「です。

   特にそれ以上は何もありませんがね。

   一応彼の最期も時系列を飛ばして先に話しておきますが、

   議論での対立から文帝に疎まれて、さらに自身が推挙した人間が罪を

   犯していたことが発覚して丞相を罷免されています。

   その後、紀元前152年に100歳以上という超高齢で亡くなっています」

コトタ「凄い長生き……。

    あの、省略してるとは言え張蒼の事績全部語ってません?

    主役予定だった張釋之の話をしても良かったんじゃ……」

なた「あっ……。

   いや、先に進めます!!!」

コトタ「最終回までの計画があるんですものね。

    どうぞ進めてください」

なた「次は周勃のお話です。

   前回話した通り、周勃は文帝の詔勅によって封国の絳県に帰っていました。

   絳県は河東郡に属しているのですが、郡守や郡尉が巡行で

   絳県を通る度に"誅殺されるのでは?"と恐れていました」

コトタ「何で恐れる必要があるんです……?」

なた「陳平存命時に一度丞相を辞めた時の理由と同じかと。

   立場上、敵も多かったでしょうから」

コトタ「あー……。

    封国に帰らせる詔勅を出した文帝の真意もわかりませんものね」

なた「ですね。

   ちなみにその郡守は元項羽軍の季布です。

   この企画では天下統一後に何度か登場させていますね」

コトタ「つまり周勃は季布を恐れていた?」

なた「特に季布を名指しで恐れていた記述はないですがね。

   じゃあ何で季布の名前を出したんだって話ですが、

   なんとなくなので気にしないでください」

コトタ「えーっと、では誅殺を恐れていた周勃はどうしたのです?」

なた「警戒し過ぎた結果、いつでも甲冑を身に付け、武器を持って、

   郡守らと会っていたそうですよ、

   自分だけじゃなく家族や臣下にもそうさせていたのです」

コトタ「ええ……」

なた「で、そんなことをしていたら当然謀反を疑われてしまいましてね。

   報告を受けた文帝は周勃の逮捕を命じたのでした」

コトタ「ちゃんと事情を説明すれば大丈夫でしょう。

    だって周勃には謀反の意思はないのですし」

なた「それが周勃、逮捕されたことでパニックに陥ってしまってですね。

   獄吏に尋問されても何も答えられなかったんです。

   気付けば獄吏は尋問どころか拷問ぐらい周勃を厳しく責め始めたのでした」

コトタ「周勃もかなり老齢ですよね……」

なた「ですねぇ。

   拷問に耐えきれなくなった周勃は獄吏に大金の賄賂を渡しました。

   すると獄吏は態度を変えて"公主を無実の証人にすれば良いでしょう"

   と言うのです」

コトタ「公主?」

なた「実は周勝之(周勃の長男)は文帝の娘(つまり公主)を娶ってましてね。

   周勃は息子経由で公主に助けを求めたのです」

コトタ「なるほど」

なた「周勝之と公主は薄太后に周勃の無実を訴えました。

   薄太后も"そもそも周勃は謀反なんてしない"と考えていたみたいでして、

   すぐに文帝に会いに行き、いきなり頭巾を投げつけました」

コトタ「えっ」

 

薄太后「何故あなたはそんなに馬鹿なのですか!?」

文帝「母上、どうなさいましたか……?」

薄太后「周勃のことですよ!!

    彼は呂氏誅滅に際して北軍を擁し、天子の玉璽までその手に収めていたでしょう!?

    謀反をするならその時にしていたはずです!!

    今小さな県に住んでいるのに、どうして今更謀反を考えると思うのです!?」

文帝「ああ、そのことでしたか……。

   母上、愚かな息子をお許しください。

   今し方私も周勃が無実だと獄吏から報告があったので、

   釈放をしようと思っていたところです」

薄太后「それなら良いのです!ぷんぷん!!」

 

コトタ「ぷんぷんって……」

なた「周勃は釈放され、地位や権利も全て戻されました。

   そこで周勃がこんな言葉を残しています」

 

周勃「私はこれまで100万の兵を率いてきたが、

   獄吏にあんな力があるとは知らなかった……」

 

コトタ「賄賂だけで釈放になってますものね……」

なた「周勃はその後は長安に戻ることなく余生を静かに過ごし、

   紀元前169年に亡くなっています。

   周勝之が爵位を継いでいますが、殺人の罪によって剥奪され、

   弟の周亜夫が引き継いだのでした」

コトタ「周亜夫については別の企画で、ですね」

なた「はい。

   では次に進みますが紀元前175年を飛ばして紀元前174年に」

コトタ「1年がかなり短いのはありましたけど、

    飛ぶのは初めてですね!?」

なた「まあハイライト形式ですからね。

   次の主役は淮南王の劉長(劉邦の息子)なのですが」

コトタ「自由奔放な文帝の弟ですね」

なた「より一層自由奔放さが増してましてね。

   淮南国内で法律を作ったり、宰相や郡守等の本来漢王朝が

   任じる役職まで任命しようとしていたのです」

コトタ「やりすぎですよ……」

なた「文帝はそれを認めちゃってですね」

コトタ「えっ」

なた「特権を認められた劉長は無実の者を自分の作った法律で殺したり、

   役職の任命だけでなく、臣下を関内侯に封じたりし始めました」

コトタ「諸侯王が爵位を与えるなんてありえるんです?」

なた「いいえ、漢王朝においては爵位を与えられるのは天子だけの権限ですね。

   さらに劉長はどんどん傲慢な態度を見せて、

   文帝への上書の内容まで無礼で不遜になっていきました」

コトタ「ずっと無礼で不遜だったと思いますがね……」

なた「文帝ですらお手上げ状態だったので、衛将軍の薄昭(薄太后の弟)が

   劉長を戒める手紙を送りました」

コトタ「やっと対処を考えた、と」

なた「劉長はその手紙を見てブチギレ。

   柴武の息子である柴奇と謀反の計画を立ててしまったのです」

コトタ「えーーーー!?」

なた「ただ謀反はやっぱりどこかからバレるものでしてね。

   文帝はとうとう劉長を呼び出したのです」

コトタ「さすがに謀反となれば話は違いますものね……」

なた「群臣は"淮南王の罪は死刑に相当します"と進言しますが、

   やっぱり可愛い弟なので死刑にはできなかったようで、

   王位剥奪だけで済ませたのでした」

コトタ「柴奇はどうなったのです?」

なた「そっちは死刑になってますね。

   ちなみに柴武は紀元前163年に亡くなっていますが、

   棘浦侯の相続は許されず爵位は断絶しています」

コトタ「あらら……」

なた「劉長の話はここで終わってなくてですね。

   劉長は辺境の蜀の地に流されることになったのですが、

   その道中で餓死しちゃってまして……」

コトタ「餓死!?」

 

袁盎「陛下がこれまで淮南王を放置していた結果が今なのですよ」

文帝「そうですね……」

袁盎「それより心配なのは淮南王が蜀に流したショックで病死してしまうことです。

   そうなれば陛下が弟を殺した悪名を負うことになります」

文帝「蜀だけにショック死?」

袁盎「ふざけないでください!

   どうするおつもりです?本当に蜀に流すのですか?」

文帝「いえ、一度懲らしめることができたので十分でしょう。

   弟は淮南国に帰しましょう」

 

コトタ「餓死した理由は……?」

なた「この会話でわかる通り劉長は全部罪を許されてるんですよ。

   しかしそれが本人に伝わるのが遅かったのです」

 

劉長「なぁ、俺が勇敢だって誰が言ったんだ?

   俺は傲慢になって諌めも聞かず、遂にはこうなってしまった」

 

なた「劉長は従者にそう言うと食事を摂らなくなりました。

   道中檻を暫く開けなかった為、死んだことに気付かなかったようでしてね」

コトタ「劉邦の息子が文帝だけになった……ってことですね」

なた「ですねぇ。

   文帝は劉長の訃報を聞くと深く悲しんだそうです。

   "袁盎の諫言を聞かなかった為に弟を失ってしまいました"と」

コトタ「文帝の失政……ですかね」

なた「国家の話なのか、家族の話なのか、判断に迷うとこですが……。

   さて、また年を1つ飛ばして紀元前172年に入ると、

   文帝は劉長の4人の息子を列侯してましてね。

   劉安を阜陵侯に、劉勃を安陽侯に、劉賜を陽周侯に、

   そして劉良を東城侯に封じています。

   ちなみに紀元前164年には劉安が淮南王、劉勃が衡山王、

   劉賜が廬江王になっています。

   この事から考えると、文帝は本当に劉長の死を

   後悔してたんだろうなって思います」

コトタ「劉良はどうしたんです?」

なた「王に封じられる前に亡くなってますね。

   この劉長の息子の内、劉安は思想書である淮南子の著者でしてね。

   さらに言えば今回主役予定だった張釋之とも大きく絡む人物なのです。

   その最期はまたいずれ別の企画でやりましょう」

コトタ「だから張釋之の話すれば良かったんじゃ……」

なた「すれば良かったかも……。

   あと余談にすべき内容ではないですけど、この年には夏侯嬰が亡くなっていますね」

コトタ「愉快な仲間達最後の生き残りでは……?」

なた「順番で言えば周勃がまだ生きてるので最後ではないですけどね。

   ちなみにちょっとだけ登場した季布はいつ亡くなったかわかりません。

   さて、今回はここで終わりです!!!」

コトタ「また唐突だこと……。

    それでは次回をお楽しみに!!」

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