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コトタさんの教えて!項羽と劉邦 第106回

なた「天下がほぼ完全に呂氏、

   というか呂雉に染まってしまったのが前回です」

コトタ「国政の上層は呂雉の息がかかった人選ですし、

    王侯に封じることですら呂雉の思いのままになったんでしたね」

なた「ええ。

   さらに呂雉は一族を漢王朝に根付かせているのですが、

   早速本編へ行きましょう」

コトタ「はーい」

 

呂雉無双

なた「ずっと無双状態ではあるんですが、

   例の如くサブタイトルが思いつかず……」

コトタ「まあ内容的に間違ってなさそうですしね」

なた「ですね……。

   さて紀元前186年になり、前年呂王に封じられた呂台が亡くなっています。

   呂王を継いだのは息子の呂嘉です。つまり呂沢の孫ですね」

コトタ「ふむふむ」

なた「同じく前年に常山王に封じられた劉不疑(恵帝の息子?)も亡くなってまして、

   後継がいなかったことから襄城侯の劉山(恵帝の息子?)が劉義に改名し、

   常山王となっています」

コトタ「呂台の死は疑う必要もなさそうですが、

    そっちの死は何となくキナ臭いですねぇ……」

なた「特に記述はないですが、呂雉の関与を疑っても良さそうです。

   ちょっとこの後の内容にも関わるのでここでは割愛しますが……。

   それと楚王の劉交(劉邦の弟)の息子である劉郢客が上邳侯、

   亡き斉王の劉肥(劉邦の息子)の息子である劉章と劉興居がそれぞれ

   朱虚侯と東牟侯に封じられていまして、宮廷の役職を与えられています。

   さらに劉章は呂禄の娘を娶っています」

コトタ「呂禄は呂雉の甥、呂釋之の息子でしたっけ」

なた「ですね。

   これにより呂雉にとって敵でもあった劉肥系列にも

   呂氏の血筋が入ったわけです」

コトタ「漢王朝に呂氏一族が根付いていく……」

なた「あとはこの年だと地震があったのと日食があったぐらいです。

   なので時代を進めて紀元前185年なのですが……」

コトタ「なのですが……?」

なた「史記には"無事"とだけ書かれてましてね」

コトタ「えっ」

なた「つまり"何もなかったよー"ってことなんです。

   他の史書を見ると洪水があったり、昼間なのに星が見れたなんて記述もあるんですが」

コトタ「歴史的イベントはなかった、と」

なた「そうなります。

   というわけで紀元前184年へ進みます」

コトタ「最速で1年が終わった……。

    紀元前184年は何か起きていますか……?」

なた「ええ、大事件が起きています。

   前少帝が自分の母親について気付いてしまったみたいでしてね。

   "僕のお母さんが張皇后じゃないのは知ってるよ!

    本当のお母さんは殺されちゃったのだって知ってる!!

    僕はまだ小さいけど、大きくなったら絶対仕返ししてやるんだ!"

   と言い始めたんです」

コトタ「呂雉もさすがに皇帝には手を出せないんじゃ……?」

なた「いえ、呂雉は"陛下が病気になった"と嘘をつき、

   前少帝を幽閉しちゃってます」

コトタ「呂雉無双だ……。

    あ、劉不疑も同じように母親の真実に気付いて殺された?」

なた「その可能性もあるのかな、とは思いますね。

   そして呂雉は三国時代に司馬師と司馬昭がしたようなことを

   1人でやったのでした」

コトタ「まさか……」

なた「"陛下は病気で正気を失っている。

    このままでは天下を治めることはできない。

    次の皇帝を立てるべきか、群臣は協議しなさい"

   と群臣に問いかけたのですが、皆当然ながら呂雉に阿って

   "太后の仰せのままに!"てなもんです」

コトタ「"てなもんです"じゃないですよぉ!」

なた「呂雉は幽閉した前少帝を殺害し、常山王の劉義を

   劉弘と改名させて皇帝に即位させています。

   一般的に後少帝と呼ばれているので、この企画でもそう呼称します」

コトタ「それが司馬師(皇帝挿げ替え)と司馬昭(皇帝弑逆)ってことですね……」

なた「ですです。

   後少帝も前少帝と変わらず幼いこともあって、

   呂雉が政治を続けるのは変わらなかったんですがね。

   ちなみに空位となった常山王は軹侯の劉朝が継いでます。

   で、紀元前183年へ」

コトタ「あ、はい。

    もう時代の進歩速度は慣れました」

なた「ここ最近ずっと呂雉周りの話しかしてませんでしたが、

   南で少しばかり事件が起きてましてね」

コトタ「南と言うと?」

なた「南越王の趙佗が漢王朝から離反して南越武帝を称してるんです。

   理由は漢王朝が南越との鉄器の交易を禁止したからでして、

   "これは呂雉と長沙王の策略だな。許せん!"と長沙の各県を攻撃し始めたのでした」

コトタ「久しぶりの軍事的なイベントですね」

なた「特にこの時点では大きな戦争にはなっていないので、

   記述はこれだけなんですがね」

コトタ「えっ」

なた「紀元前183年は他に……淮陽王の劉強(恵帝の息子?)が亡くなってますね。

   劉強には劉不疑同様に後継がいなかったので、

   壺関侯の劉武(恵帝の息子?)が継いでいます」

コトタ「恵帝が23歳で亡くなったことを考えれば、

    その子供の代に後継がいないのも普通なんでしょうけど……。

    やっぱり前少帝同様に劉強も母親の真実に踏み込んでしまったんですかねぇ」

なた「疑えばいくらでも疑えそうですがね。

   さて紀元前182年に入っちゃいましょう」

コトタ「はーい」

なた「えーっと、冒頭(紀元前186年)に呂王となった呂嘉なんですが、

   王という地位を利用して好き勝手しちゃってましてね。

   呂雉は呂嘉を廃位させて、交侯の呂産(呂台の弟)を呂王に封じています」

コトタ「呂氏一族でも扱いづらくなったら切っちゃってるんですね。

    呂雉のことだから一族には甘くしていると思いました」

なた「甘くしていると言えば、この年は張敖(張耳の息子、魯元公主の夫)が亡くなっています。

   張敖は貫高の事件で趙王から宣平侯に格下げされていましたが、

   諡号は魯王を贈られているので、死後に王の待遇に戻ったわけです」

コトタ「張偃(張敖と魯元公主の息子)が魯王ですものね。

    張敖は呂雉の娘婿でしたし、貫高事件でも庇ってましたね」

なた「ですね。

   さて……前回の時代進み記録をさらに塗り替えて紀元前181年へ」

コトタ「わーお……。

    第104回が紀元前193年〜紀元前191年の3年分、

    第105回が紀元前190年〜紀元前187年の4年分、

    そして今回が紀元前186年〜紀元前181年の6年分ですか……」

なた「紀元前181年と翌年の紀元前180年は

   それなりに濃くなりますので安心してください!」

コトタ「ほほう?」

なた「ここから呂雉編も最終章に入っていきますのでね。

   と言ってもまだ呂雉無双は続くのですが」

コトタ「次の被害者は一体……?」

なた「答えから言ってしまうと趙王の劉友(劉邦の息子)が被害者でしてね。

   実は劉友も呂氏の子女を娶っていたのですが、

   全く寵愛せず、他の妾ばかり目にかけてたのです」

コトタ「あー……」

なた「呂氏の子女は激おこで長安へ走り、呂雉に訴えたのでした。

   "趙王が太后の死後に呂氏を滅ぼすと謀反を企てています!"と」

コトタ「劉友は本当にそう言ったんです?」

なた「言ってないでしょうねぇ……。

   というわけで劉友は呂雉に呼び出されまして、

   幽閉されてそのまま餓死しています。

   そして王ではなく庶民扱いで埋葬されたそうです」

コトタ「ええ……」

なた「劉友の死から梁王の劉恢(劉邦の息子)が趙王に転封され、

   さらに空いた梁王には呂王の呂産が封じられています」

コトタ「そのまま呂産を趙王にすれば良かったのでは……」

なた「さすがに趙は斉楚に次ぐ大きな国ですから、

   いきなり呂氏を封じるのは抵抗があったんでしょうね。

   割と呂雉自身も"やり過ぎたかな……"って自覚はあったようでして」

コトタ「呂雉が反省!?」

なた「連年怪奇現象や天災が続いてるって話はしましたが、

   この年も皆既日食が起きてまして、昼なのに真っ暗だったそうです。

   それを呂雉は"この皆既日食は私の所為だわ……"と側近に漏らしています」

コトタ「今更何を言っても遅いですけどね……」

なた「ですね……。

   少し話を戻しまして、ちょっとわかりづらいのですが、

   平昌侯の劉太(恵帝の息子?)が呂王に封じられてから済川王になってまして、

   梁王の呂産が呂王に戻っています」

コトタ「??????????」

なた「呂国を済川国に改名して、梁国を呂国に改名したってだけなんですがね。

   それと王に封じたタイミングもあってわかりづらくなってるのです」

コトタ「なる……ほど……?」

なた「あんまり重要でもないので忘れてくださいwww

   では今回はここまでとしましょう」

コトタ「はい!

    次回をお楽しみに!!!」

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