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コトタさんの教えて!項羽と劉邦 第105回

なた「前回で紀元前193年〜紀元前191年が終わりました」

コトタ「今までで一番時代の進みが早かった回ですね」

なた「戦乱期と違ってイベントが地味なのもあって、

   史書にも残らないんですよね。

   どの歴史でも内政手腕で活躍した人物の知名度が低いのは

   そこが原因だってのもあります」

コトタ「三国志だと荀、陳羣、諸葛亮ぐらいずば抜けてないと、

    ってことでしょうか」

なた「彼らですら地味なことは省かれていますからね」

コトタ「ふむ……」

なた「そんな地味な役回りを、この時代こなしていた人物が今回1人減ります」

コトタ「えっ」

なた「では本編へ行きましょう」

 

功臣の死と世代交代

なた「既に韓信、彭越、黥布は粛清され、蕭何も亡くなっていますが、

   まだ劉邦の旗揚げから付き従った功臣は数多く生き残っていました」

コトタ「えーっと、曹参や樊噲、周勃辺りですね」

なた「そうですね。

   劉邦と蕭何に国政を担う後継者として認められ、

   相国まで上り詰めた曹参が紀元前190年に亡くなってるんですよ」

コトタ「あらら……」

なた「で、曹参の後継者となったのは劉邦の遺言通りなのですが、

   コトタさん、覚えていますか?」

コトタ「曹参の次は王陵でしたね。

    でも1人では任せられないから陳平に補佐をさせろって」

なた「ですです。

   というわけで紀元前189年歳首に王陵が右丞相、

   陳平が左丞相に任じられています。

   それと遺言時に劉邦が高く買っていた周勃が太尉になってますね」

コトタ「さりげなく紀元前190年が終わって時代進んでる!?」

なた「時代は進むものですから……。

   紀元前189年は他にも張良と樊噲が亡くなってましてね。

   張良の後は息子の張不疑が継ぎ、樊噲の後は呂嬃(呂雉の妹)との

   息子である樊伉が継いでいます」

コトタ「愉快な仲間達の初期メンバーが一気に……」

なた「それと劉邦の庶長子であり斉王の劉肥が亡くなったのもこの年です。

   斉王は息子の劉襄が継いでおります」

コトタ「まさに世代交代の時期だった、と」

なた「ですねぇ。

   で、紀元前188年に入ります」

コトタ「もう流れの速さに慣れましたけど……」

なた「この年は日食や皆既日食の記述がありましてね。

   前回話した通り、ここ数年天災やら異常な現象が続いていたのですが」

コトタ「今でこそ科学的に解明できていることも、

    当時なら不思議過ぎる現象ですもんね」

なた「ですねぇ。

   この時代の考え方ならば、連年の天災やらは呂氏政権に対する

   天の怒りだったと考えるべきなんでしょう。

   しかしその怒りを無視して、さらに呂雉の力が強くなるイベント

   が起きちゃってまして……」

コトタ「一体何が……?」

なた「恵帝が23歳の若さで崩御してるんです」

コトタ「わぁ……そっちの意味でも世代交代ですか……。

    後を継いだのは恵帝の息子?

    ってこれまで登場してませんよね?」

なた「はい、登場していません。

   史記や漢書でも名前が伝わっていない人でしてね。

   とりあえず例に倣って、この企画では前少帝と呼称します」

コトタ「前少帝は恵帝と張氏の息子です?」

なた「表向きはそうです」

コトタ「表向きってそんな意味深な……」

なた「実は張皇后は恵帝の息子を産んでいなくてですね。

   呂雉としては自身や呂氏の権力の為に外孫の張氏を皇后に仕立てあげたのに、

   後継を産めなきゃ意味がないわけです」

コトタ「確かにそうですね。

    他の血筋の息子が皇帝になったら、外戚の主権争いになってしまう」

なた「それを回避する為に呂雉は裏技をしました。

   別の女性が産んだ男の子を張皇后の息子として養育させたんです。

   当然その女性は殺されちゃってますが……」

コトタ「ええ……。

    父親は恵帝なんです?」

なた「いやわかったもんじゃないですね。

   なので誰の子かもわからない子が立太子されてしまい、

   恵帝崩御に伴って即位したのが前少帝というわけです」

コトタ「表向きは恵帝と張氏の息子……」

なた「ただ前少帝が幼い子供だったのもあって、

   正式に呂雉が皇帝と同等の権力を有して朝政を始めたのでした」

コトタ「それが呂雉の本紀が立てられた理由ってことでしょうか」

なた「そういうことですね。

   まあ恵帝の代から実質的には呂雉が朝政を仕切ってたので、

   このタイミングが開始ってわけではないのですが」

コトタ「ふむふむ」

なた「さて、呂雉は大事な1人息子である恵帝が崩御しても、

   全く涙を流しませんでした」

コトタ「いくら悪女でも息子の死を悲しめないのは非情過ぎません!?」

なた「色々事情があったようでしてね。

   そのことについての会話が残っています。

   左丞相になっていた陳平と、張良の後継ではない息子の張辟彊の会話なんですが」

コトタ「えっと張辟彊は張不疑の弟ってことでしょうか」

なた「ですです。

   では会話を見てみましょう」

 

張辟彊「陳丞相、太后が涙を流していない理由をおわかりですか?」

陳平「何故なのだ?」

張辟彊「先帝(恵帝)に成人した後継がおらず、

    貴方達功臣の権勢を恐れているからです。

    この先が不安で泣くこともできないでいるのですよ」

陳平「ではどうすればよい?」

張辟彊「簡単なことです。

    呂氏の一族に軍や政治を任せる様に上書するのです。

    そうすれば太后は安心し、漢王朝も貴方達も安泰となります」

陳平「君は本当に父君(張良)のような人だなぁ」

 

なた「陳平は張辟彊に言われた通りに上書し、

   自身の権力の安定を確信できた呂雉はやっと恵帝の死を悲しんだそうです」

コトタ「事情はわかりましたが、非情な女だってのは

    変わらない気がしますがね……」

なた「仰る通りで……。

   というわけで呂雉及び呂氏一族は名実共に権力を手中に収めたのでした。

   そして紀元前187年に入ります」

コトタ「前回の時代進み記録をいきなり越した!?」

なた「ですねwww

   ここで次のサブタイトルへ」

 

呂氏の王

コトタ「"劉氏以外の王に立てるな!"って白馬の盟で決まったのでは……?」

なた「ええ。

   しかし呂雉は自分の一族を王に封じたいと考えたのです。

   それを丞相ら群臣と協議したのですが」

コトタ「恵帝の死をきっかけに、さらにしたい放題……?」

なた「そういうことでしょう。

   ただ右丞相の王陵がこの件に反論してましてね。

   それこそコトタさんの言う通り、白馬の盟を根拠にしています」

コトタ「そう言えば王陵は馬鹿正直なとこがあるって

    劉邦が遺言で言ってましたね……」

なた「その通り。

   俗っぽく言えばKYだったわけです。

   呂雉は王陵の反論に不満を示し、次に左丞相の陳平、

   太尉の周勃に同じことを聞きました」

コトタ「陳平と周勃はどう出る……!!」

なた「"高祖(劉邦)は天下を制して自分の子弟を王に封じました。

    今は太后が天下を治めているのですから、呂氏一族を王にするのは

    間違っていることではないでしょうね"と答え、

   呂雉は2人の答えに大満足しております」

コトタ「ええ……」

なた「この協議の後、呂雉が退席してから王陵が2人を怒って問い詰めています」

コトタ「そりゃそうでしょう」

 

王陵「高祖が白馬の盟を発した時、君達はいなかったのか?

   太后のやりたい放題を許して、呂氏の王を立ててしまったら、

   高祖との盟約に背くことになるんだぞ?

   君達は死後に高祖と合わせる顔があるのか?」

陳平「王陵殿、朝廷で太后に面と向かって諫言することにおいては

   私は貴方に及ばないでしょう。

   しかし劉氏と漢王朝の未来を安定させることにおいては

   貴方は私達に及ばない」

王陵「ぐぬぬ……」

 

コトタ「ぐぬぬ……」

なた「こればっかりは忠臣と佞臣だなんて言ってる状況じゃなくてですね。

   私も王陵側ですので"ぐぬぬ……"と言いたい気持ちもわかるのですが、

   この時点で呂雉や呂氏一族を怒らせても何も良いことがないんですよ。

   場合によっては劉氏が蔑ろにされるだけでなく、滅ぼされてしまいますからね。

   陳平と周勃にはそれがわかっていたのです」

コトタ「だからと言って……」

なた「国政から離れてしまうと、呂氏に対抗することもできなくなってしまうでしょう?

   王陵は直後に右丞相から太傅(皇帝の教育係)に昇進しちゃってるんです」

コトタ「ん……?」

なた「昇進とは言っても太傅って名誉職みたいなものでしてね。

   肩書きだけで実権なんてほとんどないんですよ。

   つまり呂雉から実権を奪われてしまったわけです」

コトタ「あー……」

なた「結局王陵は病気を理由に朝廷から退いていますがね。

   ちなみに左右の丞相は同格ではなく右丞相が正宰相ポジションでして、

   王陵がいなくなったので、陳平は左丞相から右丞相に昇進しています」

コトタ「では空席になった左丞相には誰が?」

なた「審食其ですね。

   これまでも何度か登場している呂雉の腹心中の腹心です。

   丞相というより呂雉の側に侍って政治を行っていたので、

   事実上陳平より権力を持っていたと考えられます。

   ただ、まだ御史大夫(副首相格)が残ってましてね。

   かつて劉如意を守らせる為に周昌を趙の宰相に推した趙堯なんですが」

コトタ「そんなこともありましたね」

なた「呂雉はその件もあって趙堯を恨んでおり、

   テキトーな罪で彼を罷免して、代わりに任敖という人物を

   御史大夫に任じちゃっています」

コトタ「任敖……?」

なた「完全に呂雉の息がかかった人ですね。

   この企画だと序盤に劉邦が強制労働から逃れたことがあったでしょう。

   その時に当然ですが秦の役人に呂雉らは捕まってましてね。

   そこで呂雉を助けたのが任敖なんです」

コトタ「なるほど。

    陳平も先のことで呂雉に阿諛追従してますし、

    王陵がいない今、国政上層部は呂氏一族に都合のいい人材で固まった、と」

なた「ですねぇ。

   となれば呂雉を邪魔する人はいませんよね。

   呂雉は一族を王に封じる準備として、

   亡き父の呂公と兄の呂沢に王号を追尊したのでした」

コトタ「天下が呂氏に染まっていく……。

    結局存命している呂氏の王は立てられたのです?」

なた「それは少し置いといて、実は魯元公主(呂雉の娘)がこの年に

   亡くなっているんですが、息子の張偃が魯王に封じられてるんです」

コトタ「呂氏以前に違う異姓諸侯王が立てられてるーーーー!?」

なた「劉邦と呂雉の外孫ってのもあるでしょうけどね。

   他にも恵帝の息子達(前少帝と同じで父親不明)を王侯に封じていましてね。

   劉山が襄城侯、劉強が淮陽王、劉不疑が常山王、

   劉朝が軹侯、劉武が壺関侯、劉太が平昌侯となっています。

   これらも呂氏を王に封じる為の準備だったのでしょう」

コトタ「呂氏だけじゃなく劉氏もフォローして権力欲を隠した?」

なた「そもそも彼らが恵帝の息子かどうかも微妙なのでフォロー

   になってない気もしますがね」

コトタ「劉氏ですらない可能性もあるんですものね……」

なた「ですね。

   この流れで呂氏一族も当然ながら列侯されています。

   呂平(呂雉の甥)が扶妨堯∀ぜ(呂釋之の息子)が沛侯、

   呂産(呂沢の息子)が交侯、呂他(呂雉の甥)が俞侯、

   呂忿(呂雉の甥)が呂成侯、呂荘(呂沢の孫)が東平侯、

   呂瑩(呂雉の甥)が祝茲侯、呂更始(呂氏一族)が滕侯、

   呂勝(呂雉の甥)が贅其侯、呂禄(呂釋之の息子)が胡陵侯

   に封じられています。このタイミングで封じられてない人も並べてますが」

コトタ「八王編の司馬氏ぐらい呂氏がどんどん出てくる……」

なた「そして勢いのまま呂沢の後を継いでいた呂台を呂王に封じたのでした」

コトタ「やっちゃった……」

なた「斉国の一部を呂国にしたみたいですね。

   というわけで劉邦が残した白馬の盟は恵帝の死後に

   魯王の張偃、呂王の呂台の誕生によって、

   あっさりと破られてしまったのでした」

コトタ「あ、異姓諸侯王と言えば長沙王はどうなったのです?」

なた「丁度長沙王の呉回もこの年に亡くなってまして、

   息子の呉右が後を継いでいます」

コトタ「もう4代目まで進んでましたか……。

    でも地位は揺らいでなかったってことですね」

なた「そうなります。

   さて今回はここら辺で終わっておきましょう。

   次回は紀元前186年から始まります」

コトタ「はーい!

    次回また会いましょう!!」

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