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コトタさんの教えて!項羽と劉邦 第75回

なた「前回遂に劉邦が皇帝に即位しました」

コトタ「そう言えば漢の都はどこになるんです?

    えーっと櫟陽のまま?それとも南鄭(漢中)に戻った?」

なた「丁度その話を今回するとこでした」

コトタ「あら、早とちりしてしまいましたね。

    それじゃあ本編をお願いします」

 

長安遷都

コトタ「遷都……?

    櫟陽から遷都ってことです?」

なた「劉邦は即位してから洛陽をまず都にしてるんです」

コトタ「都と言えば洛陽ってイメージはありますね」

なた「後漢や魏、西晋の首都が洛陽ですからね。

   実は長安って前漢代にできた城でしてね」

コトタ「確かにこの企画でも長安って言葉登場してない!?」

なた「それもそのはずです。

   この時代では長安が位置する場所は咸陽がありましたから」

コトタ「あっ、そういうことでしたか」

なた「厳密には咸陽は項羽に破壊し尽くされたので、

   その近くに作った城が長安なんです」

コトタ「その長安に遷都することになったんですね。

    でも何故です?洛陽に誰かが攻めてきたとかならいざ知らず」

なた「斉出身の婁敬という人がいましてね。

   彼は西側の国境警備の任を与えられ、洛陽を通ったのですが、

   そこで同郷の将軍に頼んで劉邦に謁見したんです」

コトタ「婁敬が遷都を決定させる進言をしたってことですね」

なた「その通り。

   では決定に至るまでの会話を見ていきましょう」

 

婁敬「陛下は何故洛陽を都としたのでしょう?

   周王朝が栄えた地だからでしょうか?

   漢と周の隆盛を比べたいのでしょうか?」

劉邦「ああ、それが理由だ」

婁敬「そうですか。

   陛下が天下を平定するまでの経緯は周とは全然違うでしょう」

劉邦「どういうことだ?」

婁敬「周は后稷から始まり徳を積み重ね、

   十数代後に古公亶父、季歴、文王、武王と代を経て、

   殷を滅ぼし諸侯を帰順させ天子の位に即いたのです。

   成王が即位してから、周公旦が宰相となり、洛陽を整備し天下の中心と決めました。

   それは諸侯が貢物をするのに距離が均一になる場所が洛陽だったからです」

劉邦「当時の天下の広さだとそうなるのか」

婁敬「徳があれば簡単に王になれますし、なければすぐに滅びます。

   周が栄えた頃は天下は皆一丸となっており、

   諸侯だけでなく四方の異民族さえもが帰服していました。

   ですが周が衰退すると、天下は周を無視しました。

   周からも諸侯を抑えつけることができなくなったのです。

   徳が薄くなり、情勢も悪くなったからです」

劉邦「ふむ……」

婁敬「陛下は沛公となり、関中に入って漢王に封じられ、

   三秦を滅ぼし、項羽と滎陽で対峙し続けました。

   大きな戦いだけでも70回以上に及んだでしょう。

   民衆が死んだ数は数えきれるものではありません。

   まだそれを涙する者も多く、怪我が治ってない者もおります。

   周の成王や康王の時代と今の漢を比べるべきではないです」

劉邦「ではどうすればいいのだ?」

婁敬「関中は山と河だけでなく四方を関に守られた険阻な地です。

   もし何か危機があっても100万の兵を用意することだってできます。

   それに大変肥沃な土地ですから、都にするのも最適です。

   例えば山東で乱が起きても、関中を全て有することができるでしょう?

   戦う時に相手の喉を掴まずに背中を打ち付けても勝てません。

   陛下が関中を占拠していれば天下の喉を掴み続けることができますよ」

劉邦「お前の意見はわかった。

   皆に聞いてみるとしよう」

 

コトタ「で、今度はみんなの意見を聞くシーンですね?」

なた「その通りです。

   余談となりますが婁敬が途中で話した周の成王と康王の逸話は

   "成康の治"と呼ばれるものでしてね。

   平和過ぎて40年も刑罰が用いられることがない時代だったのです」

コトタ「40年も……!?」

なた「まあ有史ではありますが、ほぼ伝説に近い時代の話なので

   多少は盛ってるでしょうけどね」

コトタ「1年犯罪ゼロでも盛ってると思うので、

    40年は盛り過ぎのレベルじゃ済まない……」

なた「確かにwww

   それでは劉邦と群臣の会話を見てみましょう」

 

劉邦「婁敬って奴がこんなことを言ってたんだ。

   洛陽より関中に都を置けって」

群臣「陛下はそれを信じたのですか!?」

劉邦「勝手に決定してもいいんだけど、

   そうやって言われるのわかってるからお前らに聞いてるんだよ」

群臣「山東の我々から言わせれば、洛陽こそ天下の都です!

   西には山と池があり、東には成皋があります。

   北には黄河があり、南には洛水があります。

   関中と変わらず守りに適した最適な池です!!」

劉邦「(まあ山東出身の奴らならそう言うだろうな……)

   張良、お前はどう思う?」

張良「洛陽は確かに群臣の皆様が言うように堅固の地でしょう。

   ですが中心地は狭く、土地は痩せておりますし、

   四方を簡単に敵に囲まれる地でもあるわけです。

   戦乱が終わったばかりの漢が拠点とすべき地とは言えません」

劉邦「では関中はどうなのだ?」

張良「関中は東は函谷関で守られ、

   西には隴の地があって千里に渡って肥沃な土地が広がっております。

   南の巴蜀には大量の資源が眠っており、北には胡苑の利で動物を養えます。

   三方は塞がれており、一方から東の諸侯を制すことも可能です。

   平和な時であれば黄河や渭水を使って関中に物資を運べばよろしいでしょう。

   戦乱となるなら流れに沿って東へ向かうことができます。

   これこそ都があるべき土地です。婁敬の言葉が正しいと私は思います」

劉邦「よし、張良がそう言うなら決定だ。

   西に遷都するぞ。咸陽の郊外に城を建設せよ。

   そこを長安と称し、我が都とする!!!」

 

なた「というわけで長安への遷都が決定したのです。

   遷都そのものはもう少し先の話になりますがね。

   ちなみに長安の建設を主導したのは蕭何です。

   それとこの会話における山東というのは斉付近のことではなく、

   太行山脈より東側って意味となりますね」

コトタ「長安は昔からあるものだと思ってましたが、

    こんな経緯があったんですねぇ」

なた「あと婁敬はこの遷都について進言で劉氏を与えられており、

   劉敬と名乗るようになっています」

コトタ「どんどん劉氏が増えていきますね」

なた「ですね。

   では最後にもう1つ別のお話を」

コトタ「ほう?」

なた「洛陽でのお話なんですがね。

   大きな宴会が催された時に劉邦が群臣に質問をしたのです。

   "お前ら無礼講でいいぞ。どうして俺が天下が取れたかわかるか?

    そして何で項羽が天下を失ったかわかるか?"と」

コトタ「無礼講と言われても相手は皇帝ですし……」

なた「王陵がそれに答えました。

   "陛下は傲岸不遜で、項羽は仁愛に満ちていました。

    しかし陛下は功績がある者に土地を分け与え、封じました。

    逆に項羽は功績を賞することもなかった為に天下を失ったのでしょう"と」

コトタ「結構ストレートに物言いしてますね!?」

なた「劉邦が王陵の言葉に笑いながら答えました。

   "王陵、お前は1を知っているが2を知らないようだな。

    帷幕で策を運らし、戦に勝利する点なら俺は張良に及ばん。

    国家を安定させ民衆を慰撫し、食糧や物資を供給し続けた点

    だと俺は蕭何には及ばないだろう。

    100万の兵を率いて戦には必ず勝利し、城を攻めれば必ず奪った点は

    俺は韓信には及ぶはずもない。3人とも天下の傑物だろう。

    だがな、俺はその3人を使いこなすことができた。

    項羽の奴は范増1人すら使いこなすことができなかった。

    それが俺が天下を取り、項羽が天下を失った理由さ"と」

コトタ「これが前漢三傑の元ネタってことですね」

なた「ですです。

   群臣は皆劉邦の言葉に納得して感心したそうです」

コトタ「そりゃ皇帝が言ったならそうするしかないでしょうけど……」

なた「それを言ったら元も子もないですがね??

   では今回はここら辺で終わりましょう。

   次回はこれまでに登場した人物のその後を少し見たいと思います」

コトタ「はーい!

    次回また会いましょうー!!」

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