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コトタさんの教えて!項羽と劉邦 第48回

コトタ「まさか陳平で2回使うとは思ってませんでしたが、

    それ程の重要人物だってことでしょうか」

なた「前漢三傑と言えば蕭何・張良・韓信ですが、それに次ぐ存在が陳平ですからね。

   むしろ個人的には、三傑と並べて前漢四桀として良いぐらいですし」

コトタ「そんなにですか!?」

なた「陳平以外なら曹参に周勃、それに灌嬰も候補なんですけどね」

コトタ「4人目には樊噲や盧綰が入ると思ってました」

なた「彼らは劉邦の幼馴染や弟分ってだけで功績的には三傑と比べると微妙ですしね。

   後々に話すとは思いますが、三傑って劉邦自身が挙げてる3人なので、

   4人目ってのを考えるのも筋違いな感じもするんですけどね」

コトタ「ふむふむ」

なた「ではオープニングトークはここまでにして、

   陳平の後編を見ていきましょうか」

コトタ「お願いします!」

 

最高の謀略家・その2

なた「無事黄河を越えることができた陳平は

   劉邦に仕えようとコネを使っているんですが、この企画だと登場してないかな……?

   コトタさん、魏無知って知ってます?」

コトタ「魏無知は初登場ですし、知らないですね。

    それにしても無知ってひどい名前……」

なた「では魏無知について少し説明しておきましょう。

   戦国時代最後の魏王が魏王仮と言うのですが、その父親が景湣王です。

   で、その景湣王の父親が安釐王で、安釐王の末弟が

   戦国四君と名高い信陵君こと魏無忌です」

コトタ「戦国四君……?」

なた「戦国四君で一番有名なのは孟嘗君でしょうかね。

   彼ら4人が生きてる内は後に天下統一を果たす秦ですら

   東へ兵を進めることができなかったと言われる人達です」

コトタ「とにかく凄い4人ってのはわかりました。

    その信陵君がどうしたのです?」

なた「魏無忌って名前でわかりませんか?」

コトタ「あっ!!!」

なた「魏無知は魏無忌の息子なんですよ。

   景湣王や魏咎、そして現在の西魏王の魏豹の従兄弟にあたるんですがね。

   魏無知も魏咎に仕えていたんです」

コトタ「そこで陳平と繋がりがあったってことですね!」

なた「ですです。

   魏咎が章邯に敗れて死んだ後、魏無知は劉邦に仕えていたんです。

   なので陳平は魏無知のコネで劉邦と謁見しようとしたわけです」

コトタ「さりげなく魏無知は愉快な仲間達になっていたんですね」

なた「ええ。

   劉邦は魏無知の推薦を聞いて陳平と面会しました。

   しかし劉邦は食事を与えるだけで、陳平を官舎に帰そうとしたのです」

コトタ「一応仕えることは認められた……?」

なた「そういう会話はしたでしょうけどね。

   でも陳平は立ち止まって帰ろうとしません。

   "私は大事を成す為に王様の元へやってきたのです。

    今ここで話をしないといけません"と言うのです」

コトタ「話を聞くのが劉邦、でしたね」

なた「劉邦が陳平と深く話し込むと、その才能に気付き、

   "陳平、お前の項羽のとこでの役職は何だ?"と問います。

   陳平が"都尉です"と答えると、劉邦は陳平を都尉にしたのでした」

コトタ「韓信の大将軍の前例があるだけに驚きはしませんが、

    新参者に役職を与えるのはどうなんでしょうね……」

なた「実は都尉だけでなく、護軍の役目も与えていてですね。

   つまり愉快な仲間達を監督する仕事まで任されたんです。

   しかも!劉邦の車に同乗することまで許されたのです」

コトタ「高待遇過ぎませんか!?」

なた「コトタさんと同じ様な反応を愉快な仲間達がしています。

   ですが劉邦はそれらの不満を無視し、さらに陳平を信任したのでした」

コトタ「これまで不遇だった陳平にとって劉邦は仕えるべき主君と思えたでしょうね……」

なた「でしょうね。

   短いですが本編はここまでとして、改めて前回の冒頭の予告通り余談を少し」

コトタ「ああ、そう言えばそうでした」

なた「曹操と言えば人材マニアで有名ですが、

   それを国家規模でやっちゃったのが求賢令です」

コトタ「唯才是挙ですね」

なた「ですです。

   "才能があれば犯罪者だろうが貧乏人だろうが誰だっていい!"ってことなんですがね。

   儒教の考え(才能より徳や礼が優先)と真逆過ぎる発想ってこともあり、

   宮廷だけでなく世間からも大反発された布告なのです」

コトタ「あー、確かに……」

なた「でも時の権力者である曹操が言うならば、みんな従うしかないですよね。

   ってわけで、やっぱり儒教的考えが重視されてしまったのか、

   人徳や礼節がしっかりしていて"そこそこ才能ある人"が推挙されたのです」

コトタ「曹操はそれだと不満なのでは?」

なた「ええ、それが原因で曹操は初回の210年に続いて、

   214年、217年と合計3回に渡って求賢令を布告しているのですが、

   "陳平は兄嫁と不倫していたし、賄賂も受け取っていたが才能があった。

    まだ魏無知に出会えてない奴はいないか?そんな奴らは俺のとこに来い"

   とまで言ったわけです」

コトタ「陳平!魏無知!

    だから魏無知も少し詳しく紹介したんですね!」

なた「そういうことです。

   3回目の布告では"蕭何や曹参だって元々は地方の小役人だったろう"

   と他の人物の名前も挙げていますね」

コトタ「ほええ……」

なた「当世の劉邦にも、後世の曹操にも才能を認められた陳平。

   どうです?前漢三傑と並べても遜色はないでしょう?」

コトタ「陳平が大変重要な人物だってのがよくわかりました」

なた「良かった!!!!

   私自身が陳平好きってのもあるんですがね!!

   では今回は以上です」

コトタ「次回また会いましょう!!」

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