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コトタさんの教えて!三国志 八王の乱編 第41回

なた「311年の話がずっと続いています」

コトタ「前回が10月ですものね」

なた「今回は時系列としては前回の最後よりは前、

   というか前回の裏側で起きていた出来事ですね」

コトタ「どっちかというと前回の内容的に、あっちが裏側な気もしますが」

なた「確かに。

   裏側のが内容や登場人物が豪華な気もするんですがね……」

コトタ「つまり今回は地味なお話……?」

なた「判断は皆様に任せます!

   早速見ていきましょうー!」

 

西晋の滅亡・その2

なた「311年7月に戻りますが、まず北側のお話です」

コトタ「并州、冀州、幽州辺りでしょうか」

なた「ええ。その辺です。

   大司馬の王浚が西晋を何とか長引かせようと幽州で臨時の朝廷を作っています」

コトタ「あ、生き残ってたんですね」

なた「そもそも洛陽にいませんでしたからね。

   王浚は誰かわかりませんが皇太子を立ててましてね。

   司馬氏の生き残りの誰かでしょうけど」

コトタ「苟晞と似たようなことしてるんですね」

なた「苟晞とは違って、王浚の場合完全に権力欲によるものでしょうけどね。

   ちなみにこの頃まだ并州で粘っていた劉琨と対立しています」

コトタ「どっちも西晋の臣下では!?」

なた「并州は漢軍によって激しく脅かされていたので、

   劉琨の配下は王浚の元へ逃げる始末」

コトタ「士気が低そうですね……」

なた「そうでもないんですよ。

   劉琨が代の拓跋猗盧と協力し、また一族の者に兵を集めさせると、

   幽州の3つの郡が帰順しています」

コトタ「でも幽州は王浚の土地ですよね?」

なた「ええ。

   ですから王浚はそれに怒り、劉琨の一族の者を攻撃して殺し、

   結果幽州3郡は王浚に取り返され、劉琨の名声は墜ちたそうです。

   この一連が原因で王浚と劉琨は互いに冀州周辺で勢力争いを始めたのでした」

コトタ「漢における石勒と王弥程ではないですが、

    西晋の生き残りで最後の有力者達同士なのに……」

なた「次に長安へ目を向けましょうか」

コトタ「洛陽が陥落したら次の中心はやっぱそこですよね」

なた「長安には司馬越の弟である司馬模が残っています」

コトタ「おお!

    この企画では結構登場してる八王以外の司馬氏ですよね。

    司馬越の弟なら多少は頼れるはず?」

なた「かつて司馬越に"あの弟に長安は任せられないなぁ"と言われてますけどね。

   そんな司馬模は部下の趙染という将軍に近隣の守備を任せていたのですが、

   趙染が"太守にして!"とお願いしたのを蹴っています」

コトタ「あ、フラグ……」

なた「趙染は不貞腐れて軍を引き連れて劉聡へ帰順しちゃってます。

   劉聡は趙染に平西将軍の位を与えています」

コトタ「やっぱりそうなりますか……」

なた「8月になると劉聡は趙染と劉雅(劉曜の一族)に長安攻撃を命じています。

   さらに劉曜と劉粲(劉聡の息子)も大軍を率いて後続したのです」

コトタ「石勒はいないんですね」

なた「丁度王弥とのごたごたがあった頃ですしね。

   というわけで先鋒になった趙染が司馬模軍を打ち破り、漢軍が長安を包囲しています」

コトタ「趙染を太守にしていれば良かったのに……」

なた「何度か登場して強さを発揮していた前涼の将軍 北宮純も長安にいたのですが、

   自軍と共に脱出して漢軍に降伏しています」

コトタ「えっ!?!?」

なた「何気に北宮純はそのまま漢に仕え、後にかなり高官に昇進しちゃってるんですよね」

コトタ「あとは司馬模ですか……」

なた「司馬模は諦めておらず、軍を派遣していますが敗走。

   長安は物資も尽き、人士も離反してぐっだぐだとなった為、

   司馬模は城を開いて趙染に降伏したのでした」

コトタ「司馬模にとっては屈辱的な展開ですね……」

なた「司馬模は劉粲の元に送られたのですが、9月になると殺されています」

コトタ「降伏したのにですか!?」

なた「劉聡もそれで怒っているんですよ。

   "司馬模は洛陽陥落で命懸けで戦わなかった悪だから殺したのです"と劉粲は言い訳し、

   "それは間違っていないが、降伏しても殺されるって周りに恐れられたらダメだろう"

   と劉聡は説教しています」

コトタ「それ以前に石勒が命乞いした旧司馬越軍を皆殺しにした前例もありますがね……」

なた「でしたね。

   劉聡は劉曜を車騎大将軍とし、長安を任せています。

   この頃まだ生きてた王弥は洛陽攻めの功績から大将軍になってたりします」

コトタ「そして王弥は石勒に殺された、と……」

なた「時期的にそうですね。

   ここで事態は急変します」

コトタ「今度は何です!?」

なた「洛陽と長安を失っても、西晋はまだ死んでなかったのですよ。

   劉曜や漢軍が長安に入城したのですが、

   安定郡太守の賈疋が西晋復興を計画し5万の軍を率いて長安を攻撃したのです」

コトタ「なんか熱い展開ですね!!」

なた「この動きに雍州刺史の麹特が呼応して10万の兵を送っています」

コトタ「物凄い大軍!!!」

なた「劉曜は対抗しますが連戦連敗し、賈疋の勢いが強くなる一方でした。

   近くで戦っていた劉粲も撤退する程でした」

コトタ「賈疋頑張れ!!!

    ってもう西晋と漢どっちを応援していいのやら……」

なた「一方その頃、洛陽から落ち延び許昌にいたのが秦王の司馬業でした」

コトタ「あれ……?なんか聞いたことある……」

なた「司馬業は呉王の司馬晏の息子なのですが、えっと司馬晏は司馬衷の弟です」

コトタ「つまり司馬炎の孫ですね」

なた「さて司馬業は西晋の為に長安を攻撃している賈疋を驃騎将軍に任じています。

   側近として仕えていた豫州刺史の閻鼎らは議論を重ね、長安への遷都を計画したのでした」

コトタ「賈疋が長安を勝ち取れると踏んでたんですね」

なた「でしょうね。

   司馬業は閻鼎らと共に長安へ向かいますが、

   途中で賊に襲われて離散してしまうのです」

コトタ「なかなかスムーズにいかないものですね……」

なた「閻鼎が何とか兵を集めて拠点を築くと、賈疋に救援の使者を出し、

   もちろん賈疋は皇族である司馬業を守る為に一軍を送り込んでいます」

コトタ「そしてそして?」

なた「司馬業は無事雍城(長安より西)に到着しています。

   賈疋はさらに側近を雍城の防備に送っています」

コトタ「まだ長安は奪還できてなかった、と」

なた「ほとんど勝ち取ったようなものですが、

   劉曜は長安から離れてはいなかったみたいですね」

コトタ「ふむふむ」

なた「ここで長かった311年は終わります。

   次回やっと312年に入ります!!!!」

コトタ「おー!

    次回の教えて!三国志で会いましょう!!」

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