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コトタさんの教えて!三国志 八王の乱編 第19回

なた「本題に入る前に、前回までの流れがいつ頃だったのか、

   簡単にまとめますね」

コトタ「304年ぐらいでしたっけ……?」

なた「304年は司馬乂が殺された年ですね」

コトタ「ああ……」

なた「司馬越が檄文を出したのが305年7月、

   劉喬が敗れたのが305年12月、

   和解の為に張方の首が届けられたのが306年1月、

   祁弘が長安入りしたのが306年5月、

   司馬衷が洛陽へ帰還したのが306年6月、

   って感じです」

コトタ「もっと長く感じましたが、1年に満たない戦いだったんですね……」

なた「ですね。

   他の争いはだいたいが1発KOみたいに終わってましたから、

   特別長く感じたのでしょう」

コトタ「なるほど。

    では本題お願いします!」

 

四司馬死、そして司馬熾

コトタ「早口言葉なのか、ダジャレなのか……」

なた「反省はしません」

コトタ「それにしても四司馬死?

    前回2人の最後を見るとは言ってましたが、4人ですか」

なた「1人ずつ見ていきましょう。

   その前に司馬越の事後処理です」

コトタ「あ、はい」

なた「司馬越は太傅(皇帝の教育係)と録尚書事(要するに政治のトップ)になっています。

   司馬虓は鄴を、司馬模は許昌を、王浚は幽州を任せられています。

   他にも諸官に論功行賞を行っています」

コトタ「いつも通りの流れではありますね」

なた「では1人目の司馬死から」

コトタ「その呼び方は……」

なた「司馬穎は司馬顒が敗北したことを知ると荊州に逃げました。

   なので司馬衷は劉弘に司馬穎を逮捕する詔を出しています」

コトタ「劉弘はここでも出るんですね」

なた「ただ劉弘は病気で亡くなっていてですね」

コトタ「まともな人がいつの間にか……」

なた「そこで郭勱という人物が反乱を起こして、司馬穎を迎え入れようとしてます。

   ですが劉弘の息子によって郭勱は殺され、すぐに鎮圧されました」

コトタ「また司馬穎が復権するのかと思いましたよ……」

なた「司馬穎は結局母と妻を置き去りにして、2人の子供と河北へ逃げます」

コトタ「かつての本拠地へ向かってるのですね」

なた「昔の部下を頼ろうとしたみたいですが、途中で捕まってしまいます。

   そこで鄴に送られたのですが、司馬虓は司馬穎を殺せず幽閉するだけで済ませています」

コトタ「まあ……親戚ですものね……」

なた「この前も言った気がしますが、この企画の登場人物ほぼ全員親戚ですけどね?

   話を戻しまして、えーと司馬虓が急死してしまったのです」

コトタ「快進撃の司馬虓がああ!」

なた「これが1人目の司馬死です」

コトタ「そっち!?」

なた「で、劉輿も鄴にいたのですが、鄴の民衆が司馬穎が幽閉されてることを嘆いているのを見て、

   "このままだとまずいな"と司馬虓の死を隠します。

   そして司馬虓の名目で司馬穎に自殺を命じたのでした。

   一緒に逃げてきた2人の子供だけでも助けようとしますが失敗し殺されます。

   こうして司馬穎は28歳の若さで死んだのでした」

コトタ「続けて2人目の司馬死ですね……」

なた「これらが306年10月です。

   このタイミングで劉輿は"弟の劉琨に并州を守らせましょう"と司馬越に提案して採用されています。

   理由は後日の回でわかると思いますので、ここでは放置します」

コトタ「ほほう……」

なた「その翌月、306年11月。

   さらに続けて3人目なのですが、司馬衷です」

コトタ「えええええええええええええええええええええええ!?」

なた「餅を食べて中毒で死んだらしいです」

コトタ「司馬炎が死んでから、ひたすら傀儡として扱われた最後がそれですか……」

なた「司馬越が殺した説もあるのですがね。

   実際司馬衷が暗愚でなければ八王の乱なんてのも起こらなかったでしょうし、

   終止符を打つという意味で、司馬越がトドメを刺したのかなぁ……なんて」

コトタ「後継者は誰でしたっけ……」

なた「皇太弟の司馬熾です」

コトタ「ああ!だからサブタイトルに出てきてるんですね」

なた「ただスムーズに即位はしてなくてですね。

   以前廃位されたりした皇后の羊献容がごねています」

コトタ「何でごねるんです……」

なた「皇太弟の司馬熾が皇帝になるってことは、羊献容は皇太后になれないんですよ。

   兄嫁でしかないと蔑ろにされると考えたのです」

コトタ「結局ここでも権力争いですか!!!」

なた「というわけで、以前羊献容と共に廃位されていた元皇太子の司馬覃(司馬衷の甥)が指名されています」

コトタ「そう言えばそんなこともありましたね」

なた「司馬覃が拒んだので、羊献容の計画は崩れたのですがね。

   司馬越は司馬熾を即位させ、ここに西晋は3代目皇帝が誕生したのです」

コトタ「さすがに10数年権力争いでぐだぐだしてたのもあって、対処も早かったんですね」

なた「ですね。

   司馬熾は司馬越に政治の全てを任せたので、改めて司馬越は権力を掌握したのでした。

   そしてさらに翌月、306年12月に4人目の……」

コトタ「立て続けですね!?」

なた「司馬越は先帝崩御と新帝即位による朝廷の混乱を鑑みて、

   司馬顒を司徒に任じて洛陽に招いたのです」

コトタ「さすがに司馬顒でもそんなの応じるわけないじゃないですか!」

なた「応じてます」

コトタ「……」

なた「ですが司馬模は司馬顒が洛陽入りするのを不満に思い、

   側近を送り込んで司馬顒を暗殺しています」

コトタ「そんな結末でしたか……」

なた「さて八王の内7人が亡くなり、司馬越のみが残ったのでした。

   こうして八王の乱は終結したのです」

コトタ「わっ!いきなり終結しないでください!!!」

なた「ですが、まだ西晋は終わっていません。

   何度か触れていますが、八王の乱とは別のもう1つの大きな乱が起こっていたのです」

コトタ「西晋が滅びるのが316年ですものね。

    残り10年の間に何があったのか、ですね」

なた「ええ。

   八王の乱と並行してその乱は起こっていたので、

   少しだけ歴史を戻して次回から解説していきますね」

コトタ「はーい!

    では次回の教えて!三国志をお楽しみに!!!」

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