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コトタさんの教えて!三国志 マイナー武将編 第6回 呂範

基本データ

名前 呂範(子衡)

生没 ?〜228

出身 豫州汝南郡

正史 56巻朱治朱然呂範朱桓伝

親類 呂拠(子)

 

コトタ「えっと……。

    マイナー武将編らしい人物ですかね……?」

なた「うーん。

   個人的には決してマイナー武将ではないんですけどね、この人。

   基本データを見たらわかると思いますが」

コトタ「……?」

なた「正史の56巻に立伝されているんですけどね。

   一緒に載ってるのが朱治、朱然、朱桓ですよ」

コトタ「ビッグネームだらけですね」

なた「つまりそういうことです」

コトタ「でも全然どんな人かわかりません……」

なた「孫策に見出された人物でして、まさに孫策の右腕的な存在でした」

コトタ「孫策の時代からなんですね」

なた「孫策がどこかを攻めるときは必ず従軍して功績を挙げており、

   その度に県令や相になったりと政治力も評価されています」

コトタ「万能タイプですね」

なた「孫策が死んでからは張昭と共に本拠地の留守を任されたりと頼られる存在になっています。

   孫権時代の初期は周瑜、程普と並んで呂範が中核を担っていたと思われます」

コトタ「周瑜と程普……!!」

なた「呉は揚州と荊州(あと時期によっては交州)を擁していますが、

   222年時点では呂範が揚州牧、陸遜が荊州牧になっています」

コトタ「陸遜!?」

なた「つまりその頃は陸遜と同等の存在、というか陸遜より上の立場ですね」

コトタ「"孫策の右腕的な存在"や"周瑜と程普と並んで"って時点で凄いとは思いましたが、

    陸遜と同等って凄いじゃ済まないレベルじゃないですか」

なた「もちろん実力が同等だったわけではないでしょうけど、

   呉という国家の中では、古参という理由もあるかもしれませんが、

   陸遜と同列に扱われる程の重要なポジションにいたというのは事実です」

コトタ「ほええ」

なた「228年に大司馬(軍事のトップ)に任じられ、直後に亡くなっております。

   その翌年に陸遜と諸葛瑾が上大将軍と大将軍になっているのですが、

   生きていれば呂範、陸遜、諸葛瑾という順序だったかも知れません」

コトタ「何でそんな人がマイナーに……」

なた「まあ……活躍が地味なのも事実ですから……。

   ちなみに次男の呂拠も孫権に頼りにされていましてね」

コトタ「まさか大将軍に?」

なた「大将軍にはなっていませんが、孫権が崩御する際に諸葛恪らと共に後事を任せられています」

コトタ「曹丕にとっての司馬懿や曹真みたいなものだった、と」

なた「そういうことですね。

   では短いですが本日はここら辺でおしまいです」

コトタ「次回また会いましょうー!!!」

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