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コトタさんの教えて!三国志 マイナー武将編 第3回 費禕

基本データ

名前 費禕(文偉)

生没 ?〜253

出身 荊州江夏郡

正史 44巻 蒋琬費禕姜維伝伝

親類 費観(同族)

 

コトタ「前回と違ってビッグネームですね」

なた「ですね。

   諸葛亮の後継者である蒋琬、そしてその後継者がこの費禕です」

コトタ「つまり蜀の政権を握っていた人物ですね」

なた「ええ。

   上の3人に加えて董允を加えて蜀の四相と呼ばれていますが、

   諸葛亮を除けば費禕が能力的にはトップだと私は思います」

コトタ「どうしてです?」

なた「蒋琬は諸葛亮の劣化コピーでしかなく、自身もそれを認めています(費禕も後に同じような発言はしている)。

   諸葛亮の後継者に指名されているので、もちろん無能ではないですがね」

コトタ「ふむふむ」

なた「次に董允ですが、父親である董和に"費禕のが優秀だわ"と言われちゃってます」

コトタ「父親に言われるとショックですね、それ……」

なた「それと費禕が政権を握ってから、董允が費禕の元のポジション(尚書令)に収まったのですが、

   費禕の仕事振り真似をしようとしたものの10日で諦めております」

コトタ「それだけ費禕が凄かった、と」

なた「その時董允はこう言っています。

   "費禕半端ないって!あいつ半端ないって!

    政務を完璧にこなしながらめちゃくちゃ遊ぶもん!

    そんなん出来ひんやん普通!そんなん出来る?

    言っといてや!出来るんやったら!"と」

コトタ「それもうブーム過ぎた様な……」

なた「気にしないでください。

   つまり費禕はバリバリ仕事をこなせて、アフターファイブも充実しているタイプなのです。

   職場でもプライベートでも信頼されてるリア充ってやつですね」

コトタ「なんとなくどんな人物かはわかりました」

なた「諸葛亮存命時、費禕は呉への使者に出されていますが、

   その際に諸葛恪にレスバトルを仕掛けられております」

コトタ「レスバトルって……」

なた「呉蜀の外交に関わる大事な交渉の場です。

   そもそも諸葛亮にその役を任せられているのも凄いのですが、

   ちゃんとレスバトルに勝利しているのです。

   そこで孫権にまで"君はいつか蜀の中枢に立つんだろうな"と評価されています」

コトタ「あれ?諸葛亮、孫権……。

    まさか……?」

なた「ええ。そのまさかです。

   費禕は三国志中期における政治手腕トップクラスの2人に能力を認められていたってことです」

コトタ「ほええ……」

なた「そんな費禕の最期は三国志の中でも際立ってまして」

コトタ「確か宴会の席で殺されたんでしたっけ」

なた「ええ。その通りです。

   張嶷(蜀の将軍)には"あんた政権のトップなんだから、降伏してきた人と仲良くするのとかやめなよね!"

   と忠告されていたのですが、費禕はそんなことも気にしていなかったのです。

   結果、張嶷の懸念は的中したのか費禕は殺されています」

コトタ「郭循でしたっけ?」

なた「よくご存知で。

   本当は劉禅を狙っていたのですが、無理っぽかったので費禕に標的を変えたと記述がありますね」

コトタ「偽りの降伏で計画を練っていたってとこでしょうかねぇ」

なた「ただ郭循って姜維が説得して魏から降伏した武将なんですよ」

コトタ「ん……?」

なた「姜維は"丞相の遺志ですし、全軍挙げて北伐しましょうよー!"としつこく言っていましたが、

   費禕は北伐に対して消極的、というより反対派だったのです。

   なので費禕は姜維に1万以上の兵を与えていませんでした」

コトタ「魏延と諸葛亮の関係に少し似てますね」

なた「確かに」

コトタ「あれ……?

    もしかして国の事実上トップであり北伐反対派の費禕が邪魔になって、姜維が郭循を嗾けた?」

なた「って可能性があるな、って思ってます。

   試しにこの記事書く前にググってみましたが、同じ主張をしているブログもありましたね。

   はっきり言ってトンデモ論なので何とも言えませんがね……」

コトタ「ほええ」

なた「費禕の死後は政治面では陳祗が後継者となり、軍事面では姜維が後継者になっています(立場は姜維が上)。

   陳祗は費禕に才能を買われて、死んだ董允の後任になっていた人物なのですが、北伐賛成派だったのです」

コトタ「姜維にとっては都合がいいですね」

なた「ですね。

   まあ陳祗が北伐賛成派だったとはどこにも書かれていないんですがね」

コトタ「では何故賛成派と?」

なた「費禕が死んでたった3ヶ月後に北伐が行われているのが第一。

   北伐を反対する為に譙周が陳祗と論争しており、それが仇国論という作品になっているのが第二。

   なので陳祗は北伐反対派ではなく賛成派だろう、ってわけです」

コトタ「なるほど」

なた「姜維が北伐を繰り返したことで蜀はどんどん疲弊していき、

   陳祗が死ぬと黄皓が台頭し、蜀は滅びの道をさらに進めることになっていきます。

   陳祗の陳寿からの評価がかなり低いのはそこらも原因でしょう」

コトタ「"劉禅に対して諫言せず、人材を推挙もせず、黄皓を用いた"ってとこですね」

なた「ええ。

   費禕が存えていれば、優秀な補佐官として名前を残したのかも知れませんが」

コトタ「しかし費禕は死んでしまった」

なた「ある意味、前回の脩允と似てるのです。

   脩允が費禕で、郭馬が陳s」

コトタ「似てません」

なた「えーー!

   だって費禕が生きていれば……」

コトタ「違います!!!!

    前回の主役選出を正当化しないでください!!!」

なた「はい……。

   じゃあ今回はここまでです!!」

コトタ「次回は勢いで終わらせるのやめましょうね!?

    では次回の教えて!三国志をお楽しみに!!!」

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