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コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第92回 魏延

基本データ

名前 魏延(文長)

生没 ?〜234

出身 荊州義陽郡(222年に義陽に改称されている為、南陽郡出身か)

正史 40巻 劉彭廖李劉魏楊伝

親類 著名な者はおらず

 

コトタ「最終回まで残り3回ですが、ここで魏延ですか」

なた「ええ。

   個人的に好きな武将なので……」

コトタ「諸葛亮!陸遜!と来て魏延ってのは盛り下がるような?」

なた「魏延を過小評価し過ぎですよ!」

コトタ「うーん……。

    そう言えば無双では南蛮武将と言ってもおかしくない見た目してますよね」

なた「それは張郃と同じキャラ付けってだけでしょう」

コトタ「なるほど」

なた「コトタさん、魏延がどんな人物か知ってますか?」

コトタ「諸葛亮死後に叛逆して処刑された武将ですかね」

なた「叛逆したかどうかは置いといて、確かに蜀書ではそういう扱いですね。

   劉彭廖李劉魏楊伝に立伝されています」

コトタ「劉封や李厳と並んでるんですね」

なた「ええ。

   魏書における王毌丘諸葛鍾伝、

   呉書における諸葛滕二孫濮陽伝、

   つまり国を乱したり、背いた人物がまとめられている巻です」

コトタ「じゃあやっぱり叛逆したんじゃないですかー!」

なた「艾は叛逆しましたか?」

コトタ「えっと……してないですね……」

なた「陳寿も"魏延は叛逆した"とは記述していません」

コトタ「その陳寿がその巻にまとめたんじゃないですかー!」

なた「それはそうなんですがね……。

   とにかく叛逆者として扱われるのは、さすがに魏延が可哀想なのです。

   魏延は曹操、劉禅と並んで擁護論が盛んな人物なので、

   今更ってとこではあるのですがね」

コトタ「ふむ……」

なた「では魏延の経歴ですが、詳しくわかっていません」

コトタ「あれ?劉表や韓玄に仕えてたのでは?」

なた「それは完全に演義だけの話ですね。

   正史だと"劉備の益州侵攻で一部隊の隊長として従軍した"

   ってのが最初の記述です」

コトタ「それまで何してたかわからないんですね」

なた「大半の人物だと、若い頃から力が強くて〜、

   ●●郡で役人をしていて〜等が書かれてますが、

   そういうのが一切ないんです」

コトタ「これまでの人物もそのパターンが多かったですね」

なた「その上で歴史的活躍が書かれるものなんですが、

   魏延の場合、この後すぐ活躍について書かれています」

コトタ「どういう?」

なた「"益州侵攻で功績を挙げ、部隊長から牙門将軍に昇進した"」

コトタ「!?」

なた「将軍号としては偏将軍や裨将軍に並んで一番下ではありますがね。

   この部隊長っていうのが、どれくらいのクラスなのかは定かではないんですがね。

   いずれにせよ大昇進したのは事実です」

コトタ「一発で将軍になれるぐらいの功績って……」

なた「相当な活躍だったんでしょうね。

   次の記述がさらに度肝抜かれますよ」

コトタ「ほう……」

なた「劉備が漢中王になった際、成都を首都と定めました。

   なので成都を守る要害たる漢中を指揮する将軍が必要になったのです」

コトタ「夏侯淵や張郃、そして曹操自らまでやってきた戦争で勝ち取った地ですし、

    かなり重要なポジションですね」

なた「もうひとつの重要な土地、荊州は関羽が張っていました。

   となれば重鎮中の重鎮である張飛が漢中を守る将軍になるだろう、

   と皆予想していたのです」

コトタ「張飛じゃなくとも、せめて馬超でしょうか」

なた「張飛自身も"多分俺だな"と思っていたそうですが、

   劉備が指名したのは魏延でした」

コトタ「流れでわかってましたが、凄過ぎじゃないですかね……」

なた「そうなんですよ。

   部隊長でしかなかったのに、一発の功績で将軍になり、

   数年経っただけで国家の重鎮を乗り越えて一方面を任せられたんです」

コトタ「魏で言えば夏侯淵や張遼、呉で言えば都督リレーみたいな存在ですよね」

なた「それでも過言ではないですね。

   任じられるにあたって劉備に"結構大役なんやけどいける?"と聞かれています」

コトタ「企画終盤になって劉備に関西弁キャラ付けましたね……」

なた「(劉備の回がどうだったか覚えていない)

   そんな質問に対して、魏延の解答がかなり大物です。

   "曹操自ら中華全土の兵を率いて攻めてきたら全力で防ぎきりましょう。

    曹操の配下が10万ぐらいで攻めてくるなら、余裕で呑み込んでやりますよ"」

コトタ「曹操には勝てないけど守り抜ける、

    曹操以外なら大軍でも勝てるってことですか……」

なた「それぐらいの自信があったのでしょう。

   劉備はその言葉に頷き、群臣も大いに感嘆したそうですし、

   何より張飛もこの件について異論を唱えていません」

コトタ「つまり?」

なた「劉備って遺言で馬謖について諸葛亮に指摘するぐらいで、

   口だけの奴が嫌いなんですよ。

   つまり魏延のこの返事が妄言として扱われなかったのは、

   "魏延ならそれぐらいできそうだ"と評価されていたに等しいのです」

コトタ「で、実際どうなったのです?」

なた「劉備死後に諸葛亮が漢中に来てるので、

   その時点で漢中のトップではなくなりましたが、

   それまでの間、しっかり漢中を守りきっています。

   攻められた記録がないのですがね」

コトタ「評価しづらいとこですね」

なた「でもちゃんと費瑤と郭淮を破った功績で征西大将軍に昇進しています」

コトタ「おお!魏軍に勝ってるんですね」

なた「まともに戦って魏延に勝てる将軍は、この時代いなかったでしょうしね」

コトタ「まさか6本目候補……?」

なた「5本指基準だと7か8本目ぐらいですかねww」

コトタ「意外と低いんですね?

    いや、8本目でも決して低くないんですが……」

なた「他の将軍と比べると大きな戦での大活躍が少ないのでね。

   ただ魏延は常々諸葛亮に対して

   "1万の軍を率いて長安を攻めたい"とお願いしていました」

コトタ「長安まで!?」

なた「ええ。

   ですが諸葛亮は毎回却下していたようです」

コトタ「えー……。

    やらせてれば歴史が変わったかもしれませんよぉ」

なた「個人的にもそう思います。

   成功した可能性は高いんじゃないかな、と。

   魏延はこのことから"丞相は臆病だ!俺の力が発揮できない!"と漏らしていたそうです」

コトタ「そりゃそうですよ!

    でも何で諸葛亮は却下してたんでしょう?」

なた「諸葛亮の思惑はどこにあったかわかりませんが、

   自分の立場を危うくする存在を作るわけにはいかなかった、ってのがひとつ」

コトタ「危うくする?」

なた「魏延は先代皇帝(劉備)に重鎮(張飛)を差し置いて最重要ポジションに指名され、

   長年それを維持してきた実績ある将軍です。

   さらに言えば、この頃だと魏延より上位の人物は、

   事実上蜀には2人しかいませんでした」

コトタ「諸葛亮と……誰です?」

なた「劉禅です」

コトタ「あ……そう言えば劉禅がトップでしたね」

なた「要するに魏延が長安急襲作戦なんて成功させると、

   諸葛亮の権威が崩れてしまう可能性があるのです」

コトタ「政治は諸葛亮、軍事は魏延って両輪で支えるじゃダメなんですか?」

なた「蜀という弱い国を守りつつ、魏への北伐をするには、

   自分に権力を集中させてしまうしかない、と考えていたのでしょう。

   政敵に有無を言わせる状況を作ってはいけないのです。

   ただでさえ宮廷から離れているのですから」

コトタ「権力欲からですか……」

なた「いえ、その欲求が大きかったのであれば、

   彼は劉備の遺言通り皇帝になっていたでしょう。

   しかし、そうはしていない。

   つまり諸葛亮の権力集中の目的は、挙国一致です」

コトタ「劉備の遺志を果たす為……ですね」

なた「ですです。

   あともうひとつ大きな理由があります」

コトタ「ほう?」

なた「蜀軍の兵力って全体で10万〜15万ぐらいなんです。

   兵力は人口の10%前後が限界と言われてますので」

コトタ「んー?

    でも魏延の実力と立場を考えれば

    1万どころか3万率いてもいいんじゃないですか?」

なた「10万〜15万の兵士全員が前線で戦うと思いますか?」

コトタ「兵士だから戦うでしょう?」

なた「現代でもそうなんですが、軍事行動において

   総兵力の半分は後方支援に充てるべきと考えられています」

コトタ「半分も!?」

なた「後方支援ってそれだけ重要なんですよ。

   単純計算で蜀軍の"前線で戦う兵力"は全体で5万〜7.5万とします」

コトタ「だとしても長安急襲ともなれば、

    北伐の契機になる軍事作戦ですし、1万ぐらいはいいのでは……?」

なた「コトタさん、戦える兵士を1つの方面に集めたらどうなりますか?」

コトタ「あっ……!」

なた「呉とは友好関係を築いてはいるので、そこまで兵力を集める必要性はないですが、

   だからと言って兵士0なわけないでしょう。

   それに首都である成都にも兵力は割いているはずです。

   そして服従はしていますが南中方面もあります。

   その為の庲降都督って役職もあります」

コトタ「完全に周りのことを忘れていました」

なた「なので魏方面に漢中、呉方面に永安と江州、そして首都防衛に成都、

   最後に南中方面に庲降とそれぞれ軍が置かれていたわけです」

コトタ「5等分されるとすると最大でも1.5万……」

なた「さすがに綺麗に5等分はしていないと思います。

   というか5つじゃなくて6つなんです」

コトタ「えっ?」

なた「5つの駐屯軍と北伐を行う軍ってことです。

   で、先程も申した通り、諸葛亮は挙国一致で北伐をする方針だったのですから、

   北伐軍は他より当然多かったでしょう」

コトタ「ふむふむ」

なた「実数は不明ですが、北伐軍は3.5万ぐらいだったと考えられます」

コトタ「後方支援含めて7万ぐらい、と」

なた「ですね。

   というわけで魏延の"1万連れていきたいです!"っていうのは、

   諸葛亮にとってかなり覚悟のいる作戦だったのです」

コトタ「北伐軍の30%近くですものね……」

なた「後方支援含めて1万だとすれば15%ですがね。

   ただ現実的じゃなかったんでしょうね、諸葛亮にとっては」

コトタ「何となく納得しました」

なた「ではかなり話が逸れた気もするので、本題に戻りますが」

コトタ「お願いします」

なた「魏延の提案は却下はされ続けましたが、

   特に魏延が諸葛亮と不仲だったなんて記述はありません」

コトタ「それは意外でした」

なた「で、諸葛亮が第五次北伐を起こします。

   無双でも昔は最終ステージだった五丈原の戦い、

   つまり相手は司馬懿なのですが、ほぼ戦いらしい戦いはありませんでした。

   詳細は省きますが、蜀軍が撤退したのは諸葛亮の死が原因です。

   それを発端に魏延が叛逆者と言われる事件が起きます」

コトタ「普段から仲が悪かった楊儀と争ったんでしたっけ」

なた「ですね。

   諸葛亮は死ぬ前に"魏延を殿(最後尾)にして撤退しよう"と作戦を決めていました。

   その為、楊儀はその通りに撤退しようとしたのですが、

   魏延は"何で俺がいるのに丞相が死んだからって撤退するんだ!"と怒ります」

コトタ「でも諸葛亮の命令は絶対でしょう……?

    楊儀は諸葛亮の補佐官だったのですし」

なた「楊儀と魏延はお互いに"あいつが叛逆した!"

   と首都に使者を送ったのでした」

コトタ「何でそんなことに……」

なた「普段から仲が悪かったですしね。

   劉禅は2つの情報に困り果てて、側近に聞いたところ、

   "魏延が悪いでしょう"という答えが出てしまいます」

コトタ「客観的に見れば、魏延のワガママですしね」

なた「ここで凄いのは魏延の用兵術です。

   諸葛亮が殿に魏延を指名していたのも、最前線に近いところに魏延がいたからでしょう。

   魏延は先回りして楊儀らを迎え撃っているのです」

コトタ「漢中に長年張っていたってのもあるでしょうけど、凄いですね」

なた「ですが、王平に"丞相が死んだばかりなのにお前ら何やってるんだ!"と怒鳴られ、

   魏延が率いる軍は瓦解してしまいます。

   魏延は一族数人と漢中に逃げましたが、追撃してきた馬岱によって殺されました」

コトタ「馬岱の数少ない正史記述シーン……」

なた「結局、魏延は一族全員皆殺しにされてしまいました。

   しかも楊儀は"やりかえせるもんならやってみろ!"と魏延の首級を踏みつけたそうです」

コトタ「そこまでしなくても……」

なた「正史本文ではなく魏略によると話はかなり変わってましてね。

   諸葛亮は魏延を自分の代役として指名していたのですが、

   "仲の悪い魏延がトップになるとまずい!"と楊儀は思いますよね」

コトタ「まあ……」

なた「というわけで"魏延が魏に寝返るつもりだぞー!"と虚報を流し、

   楊儀は魏延を攻撃しました。

   魏延は"え!?なんで俺が攻撃されてるの!?"って状況になり、

   何もできず死んだようです」

コトタ「全然話が違いすぎますね……」

なた「裴松之はこれについて"敵国の情報だし信憑性ゼロ"と否定していますがね」

コトタ「これが真実なら魏延は叛逆者ではないですしね」

なた「魏略の記述じゃなくても魏延は叛逆者じゃないって思いませんでしたか?」

コトタ「んー……」

なた「では例え話をしますね。

   とある会社で本腰を入れていた事業がありました。

   最年少で役員となったAさんが、その事業の責任者に会長直々任せられたのです。

   しかし会長が代替わりしてから、社長が事業を主導することになりました」

コトタ「いきなり何の話ですか!?」

なた「Aさんは気付けば専務にまで昇進し、会社ではNo.2です。

   元々その事業の経験はAさんのが長い為、色々社長に提案しますが、

   全て却下されてしまいます」

コトタ「予算の関係ってとこですかね……」

なた「ですね。

   ある日、社長が亡くなってしまいました。

   "私がいなければ事業は続けられないから、

    A君に後処理を任せて閉鎖させなさい"と言葉を残して」

コトタ「ふむ……」

なた「社長秘書をしていたBさんは社長の遺言通り事業の閉鎖をしようとします。

   しかしAさんは"社長が死んだからってなんですか!僕がいるんですよ!事業は続けられます!"と怒ります」

コトタ「元々Aさんが任せられてた事業ですものね」

なた「AさんはBさんを無視して事業を続けようとします。

   BさんもAさんを邪魔して事業の閉鎖を強行します。

   そこで2人は会長宛に"あいつは会社をダメにします!"とメールしたのでした」

コトタ「メール……」

なた「会長は役員に"このメールどう思う?"と意見を求めると、

   "これはAさんが悪いっすね"と皆言います」

コトタ「えー……」

なた「というわけで事業は閉鎖され、Aさんは懲戒解雇させられたのでした」

コトタ「Aさんが魏延で、Bさんが楊儀、社長が諸葛亮で、会長が劉禅ですね……」

なた「その通りです。

   どうです?Aさんが解雇される筋合いはありますか?」

コトタ「Aさんの意見は尤もですね……」

なた「でしょう。

   さて、ここでさらに問題なのはAさんとBさんの立場です」

コトタ「専務と社長秘書?」

なた「企業において、専務と社長秘書が対立するなんてありえないでしょう?」

コトタ「口出しするな!って言われても仕方がないですね……」

なた「魏延と楊儀の立場の差はそれぐらいあったのです」

   厳密には楊儀は李厳弾劾の署名で7番目(魏延は2番目)なので、

   現代の一般的な企業における社長秘書とは比較しづらいのですがね。

   執行役員のひとりで、主な仕事が社長秘書チームのトップだったぐらいが、

   表現としては正しいでしょうかね」

コトタ「それなりに高い地位ではあるけど、専務に対抗できる程ではない、と」

なた「なのに楊儀は"自分は諸葛亮の後継者になれる"と信じていたらしく、

   邪魔な魏延を排除したってわけです」

コトタ「社長秘書が専務を排除しても、次期社長にはなれませんよ……」

なた「その通りです。

   では改めて、諸葛亮が死んで劉禅を除けば事実上蜀のトップとも言える魏延が、

   "何で俺がいるのに丞相が死んだからって撤退するんだ!"

   って言うのがおかしいことでしょうか?」

コトタ「おかしくないですね」

なた「後日談ですが、蒋琬が諸葛亮の後継者になりました。

   蒋琬は楊儀にとっては年齢も官職も功績も下と思っていた後輩です。

   日々そのことに不満を漏らしていた楊儀は、遂には腹を立て、

   "こんなことなら丞相が死んだ時に魏に寝返ってれば良かったよ!"

   と言ったのでした」

コトタ「クズですね……」

なた「案の定、楊儀は庶民に落とされます。

   その後、朝廷に対して激しい誹謗中傷をしたのですが、

   逮捕されそうになった為に自殺しています」

コトタ「歯切れが悪い……」

なた「魏延は魏に降伏していませんし、北伐を続けようとしていました」

コトタ「魏延は叛逆者では……ないですね……」

なた「ええ。

   "魏延は叛逆した"とは記述がない、と最初に言いましたよね?」

コトタ「言ってましたけど……」

なた「しかし"魏延は叛逆しようとしたわけじゃない"という記述はあるんですよ」

コトタ「先にそれを言ってくださいよ!!!」

なた「というわけで魏延については以上です」

コトタ「この企画で一番長かった気がします!!

    では次回第93回で会いましょうーー!!」

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