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コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第77回 張遼

基本データ

名前 張遼(文遠)

生没 169〜222

出身 并州雁門郡

正史 17巻 張楽于張徐伝

親類 張虎(子)

 

なた「前回の程普が呉の武官筆頭ならば、

   今回の主役である張遼は魏の武官筆頭(曹操親族系除く)でしてね」

コトタ「遂に来ましたか!」

なた「演義では雑魚扱いされがちですが、

   史実ではかなり凄い将軍だと紹介した楽進や于禁より

   掲載順を見ても上の扱いをされているってことを考えれば、

   どれだけの人物かわかることでしょう」

コトタ「ですね」

なた「個人的に5本指と思う名将を以前挙げましたよね」

コトタ「えーと曹操、曹仁、周瑜、司馬懿、陸遜でしたか」

なた「ええ。

   張遼はその6本目だと私は思っています」

コトタ「三国志初心者でも知ってる最強候補の1人ですから、

    当然でしょうね」

なた「さて、そんな張遼は当初役人をしていたのですが、

   武勇を見込まれて丁原に取り立てられました」

コトタ「丁原は先見の明の持ち主ですね……」

なた「その頃丁原の元には呂布もいましたしね」

コトタ「丁原は生きていれば天下取れた説……?」

なた「丁原はいい加減で、能力が低かったと記録があるぐらいですし、

   呂布と張遼だけでは難しいかもですね……」

コトタ「あらら」

なた「張遼は大将軍何進の命令を受け、河北で募兵していたのですが、

   それを終えて洛陽に帰還すると何進が死んでおり、

   丁原も董卓に殺されていたので、そのまま董卓の配下となりました」

コトタ「そして董卓が呂布に殺されて、呂布の配下に?」

なた「ですね。

   その後呂布が曹操に負けたので、そのまま軍勢を連れて降伏しています」

コトタ「状況が状況とは言え、割と節操ない?」

なた「言われてみればそうですね。

   幾度と曹操に反逆した昌豨(于禁の旧友)という人物がいるのですが、

   張遼は彼とも戦ってまして」

コトタ「曹操が手を拱いていたのに、張遼がコテンパンに倒したんですね!」

なた「いえ。

   夏侯淵と共に数ヶ月包囲するも撃破できてません。

   兵糧も尽きかけていたので撤退が決まる程でした」

コトタ「昌豨って人、強過ぎなのでは……?」

なた「そこで張遼は夏侯淵に"昌豨と話をさせてください"と願い、

   使者を送ると昌豨はそれに応じました。

   面会にやってきた昌豨に対して張遼は言います。

   "曹将軍は徳で天下を治めていらっしゃる。

    降伏すれば恩恵を受けられるだろう"と」

コトタ「ふむふむ」

なた「昌豨はその言葉に喜び降伏しました」

コトタ「弁舌もそれなりにできるんですね」

なた「ええ。

   まあ曹操には"大将のやることじゃない"と怒られてますがね。

   "曹将軍の名は天下に鳴り響いていますし、

    昌豨はそれに逆らう勇気がないと思いまして……"と張遼は弁解しつつ謝っています」

コトタ「あれ?

    そんな強い昌豨はどうなったのです?」

なた「また反乱して、今度は于禁と臧覇と夏侯淵に攻められてます。

   ついでに言うと于禁は苦戦したとも書いてます」

コトタ「ええ……」

なた「昌豨は降伏したのですが

   "包囲されてから降伏した者は許されない"

   と旧友の于禁は厳しく言いました。

   そして涙を流しながら処刑したそうです」

コトタ「そのエピソードは于禁の回ですべきだったのでは……?」

なた「張遼の回でやろうと思ってたんですよ(忘れてた)」

コトタ「そうですか……。

    気づけば張遼よりも"昌豨が凄い"って回になってますよ!」

なた「おっと……。

   えーっと、張遼が曹操の親族を除けば武官の筆頭である、

   と言える一番の根拠があります」

コトタ「最初に話した17巻の掲載順のことではなく?」

なた「それとは別ですね。

   曹操存命時、西側は夏侯淵、南側は曹仁がトップでした」

コトタ「でしたね」

なた「曹休の時に話したと思いますが、その頃東側のトップは張遼だったのです」

コトタ「あっ、そう言えば……」

なた「張遼の列伝には数多くの功績が記述されていますが、

   何より曹操が認めていたというのが一番の根拠でしょう」

コトタ「揺るぎない根拠ですね」

なた「張遼と言えば、孫権殺人未遂事件とも呼ばれる合肥での大暴れもありますよね」

コトタ「"遼来々"と聞くと、呉では泣く子も黙ったって話ですね」

なた「それです。

   後に張遼が病に倒れながらも孫権と対峙したことがあるのですが、

   孫権は"張遼はやべえ!病気だからといって油断すんなよ!"

   と臣下に命令している程でしたから」

コトタ「主君だけでなく敵にも、その強さを認められていたってことですね」

なた「ですね!

   というわけで、張遼についてはここら辺で」

コトタ「次回の教えて!三国志をお楽しみに!」

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