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コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第75回 夏侯淵

基本データ

名前 夏侯淵(妙才)

生没 ?〜219

出身 豫州沛国

正史 9巻 諸夏侯曹伝

親類 曹操(族兄)、夏侯惇(従兄)、夏侯尚(甥)、夏侯覇(次男)、夏侯栄(五男)、夏侯姫(姪)

 

なた「今回は淵ジェルこと夏侯淵です」

コトタ「無双では張郃が一番美しい武将って言ってますよね」

なた「豪気な性格ですが人格者で、夏侯覇のプレイアブル化で父親属性も追加され、

   無双の良心みたいな存在です。

   そしてコトタさんの言う通り、美形じゃないのに美しいとも言われている」

コトタ「不思議ですね。

    確か蒼天航路ではクール寄りのキャラでしたよね?

    あっちならまあ美形って言われてもわかりますが……。   

    それで正史ではどんな感じなんです?」

なた「見た目は当然わかりませんがね。

   ただ無双と蒼天は少し性格面含め美化し過ぎてるかな?と思います」

コトタ「ほほう?」

なた「夏侯淵と言えば、曹操軍の名将というイメージです。

   正史においても夏侯淵の華々しい戦績は記述されております。

   "勝機に目ざとく、迅速に進軍し、いつも敵の不意を突く"と

   書かれる程ですから、奇襲戦法が得意だったのでしょう。

   "典軍校尉・夏侯淵、3日で500里、6日で1000里"

   と行軍速度も褒め称えられています。

   ちなみに当時の1里は435mです」

コトタ「つまり6日で435km以上も軍を率いて移動できたと……」

なた「凄まじいですよね。

   そして"夏侯淵はたびたび勝利を重ねていたが"とあります。」

コトタ「異常な行軍速度と奇襲作戦で勝ちまくりだったんd……。

    あれ?"勝利を重ねていたが"?」

なた「ええ。

   勝利を重ねていたのですが、曹操には何度も戒められていたとあります。

   "将軍は武勇一辺倒ではダメだ。もちろん将軍の根本は武勇だが、

    行動は知略を持って行うべきである。

    ただ武勇頼りに動いていては匹夫の標的になってしまうぞ"と」

コトタ「割と手厳しいこと言われてますね。

    夏侯淵は武勇一辺倒な武将だったってことですよね?」

なた「曹操に言われるぐらいですから、そうだったのでしょう。

   夏侯淵が戦死したのはご存知ですよね?」

コトタ「ええ。劉備との戦いですよね」

なた「ですです。

   劉備と対陣していたのですが、夜中に逆茂木が焼き払われた為、

   夏侯淵は自ら軽装兵数百率いて補修と防衛に出向いています。

   そこを劉備軍に奇襲され戦死しています」

コトタ「夏侯淵を奇襲……」

なた「このことについて曹操はこう述べています。

   "夏侯淵はそもそも用兵が苦手だったしな。

    だから軍中でも白地将軍と馬鹿にされていたんだろう。

    将軍自ら戦闘に出てどうするんだ……"と」

コトタ「用兵が得意じゃない……?

    それと白地将軍とは?」

なた「白地将軍については色々意味があるようですが、

   そのまま"用兵が苦手な将軍"ってことでしょうかね」

コトタ「なるほど……。

    夏侯淵は評価が難しいですね……」

なた「そうなんですよ。

   速かったし、強かったが、兵を動かすのは下手だった。

   さらに言えば息子の教育も正しかったのか微妙でして」

コトタ「ほう?」

なた「夏侯栄という息子がいるのですが、

   夏侯淵の死後、部下に逃げるよう言われました」

コトタ「ふむ」

なた「夏侯栄は"父が死に、兄らが戦っているのにどうして僕が逃げるんだ!"と言い、

   劉備軍に攻撃を仕掛けて死んでいます」

コトタ「ええ……」

なた「当時の感覚なら孝行息子なのかもですがね。

   勇猛果敢と言えばそうなんでしょうけど、

   父親同様に猪突猛進で命を散らしたとも言えるのです」

コトタ「難しいところですね……」

なた「ちなみに夏侯栄はこの時13歳です」

コトタ「わーお」

なた「また一族絡みだと、張飛の妻である夏侯姫は夏侯淵の姪なのですが、

   叔父の死を聞き、埋葬を願い出たと記述もあります」

コトタ「聞き入れられたのです?」

なた「みたいですね。

   敵とは言え、礼儀は大切ですからね。

   では夏侯淵についてはここまでです」

コトタ「はーい。

    次回をお楽しみに!」

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