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コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第74回 張飛

基本データ

名前 張飛(益徳)※演義では翼徳

生没 ?〜221

出身 幽州涿郡

正史 36巻 関張馬黄趙伝

親類 夏侯姫(妻)、張苞(長男)、張紹(次男)、敬愛皇后(長女)、張皇后(次女)

 

コトタ「思えば張飛はまだでしたね」

なた「他親族の回は義兄弟含め済んでますからね」

コトタ「正史での張飛、と言われても、

    演義の張飛と然程変わらない気もするのですが」

なた「概ね変わらないのは事実かもですね。

   ただ史実の劉備の悪いイメージを肩代わりしたり、

   猪武者っぷりも演義のが上です」

コトタ「猪武者……正史ではどうなんです?」

なた「まず張飛はだいたいが劉備の部将として従軍している為、

   主将として戦ったことはかなり少ないです」

コトタ「関羽とは違って軍を任せられなかった、と」

なた「ですね。

   徐州時代、留守を任せられた下邳において呂布に敗れ、

   それ以降、後ろを守ることもありませんでした」

コトタ「意外ですね……。

    劉備は関羽と同様に張飛に全幅の信頼を寄せていると思ってました」

なた「そこは間違ってないとは思いますがね。

   夷陵の開戦も張飛が劉備を唆したのが原因の半分でしょうし。

   まあそんな記述はないんですけどね」

コトタ「想像はできます」

なた「ただ張飛は演義で言う五虎将で唯一魏の五将軍に単独で勝利してまして」

コトタ「おお?」

なた「巴郡において張郃が攻めてきた際に、

   張飛は隘路でそれを迎え撃ち、撃退しています」

コトタ「何気に知略っぽいの使ってません!?」

なた「そうなんですよ。

   ただ突撃して戦うのではなく、狭い道を利用して敵軍の側面を薄くし、

   各個撃破するという戦術を使ってるんですよ」

コトタ「張飛らしからぬ……」

なた「以前関羽の回で話したと思いますが、

   張飛は上に媚びへつらいますが、下には大変厳しい人でした。

   劉備にも常々注意されております」

コトタ「どっちかというと"俺は張飛様だ!偉い奴なんて知るか!"って感じなんですけどね」

なた「確かにそうですね。

   "お前は毎日部下に厳しく鞭打ったり殺している。

    そしてそんな部下を側に置いていると、いつか災厄を招くぞ"と

   言われましたが、気にせずいたんですね」

コトタ「その通り部下に裏切られた……」

なた「ええ。

   范彊と張達に寝首をかかれ死んでいます。

   万人に値すると言われた猛将もあっけない最期を迎えたのでした」

コトタ「死ぬとしても戦場で大暴れして戦死してそうですものね」

なた「張飛が生きてても夷陵の結果は変わらなかったでしょうけど、

   劉備より若いとすればまだ50代だったと思いますし(演義では享年55歳)、

   諸葛亮の北伐では活躍していたことでしょう」

コトタ「惜しい人物ですね……」

なた「まあ張飛存命なら諸葛亮の北伐ではなく、

   張飛の北伐になっていたかもですがね」

コトタ「それはそれで見てみたい……」

なた「同感です。

   ではここら辺で終わりです」

コトタ「次回の教えて!三国志をお楽しみにー!」

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