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コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第73回 郭嘉

基本データ

名前 郭嘉(奉孝)

生没 170〜207

出身 豫州潁川郡

正史 14巻 程郭董劉蒋劉伝

親類 郭奕(子)

 

コトタ「今回の主役は郭嘉ですね」

なた「はい。

   魏及び曹操軍って何気に軍師キャラが結構出てくるのが遅くてですね。

   まあ他も軍師キャラは少ないのですが(都督リレーが軍師扱い?)」

コトタ「確かに5まで司馬懿しかいませんでしたものね」

なた「その司馬懿も6からは晋の君主キャラになっています。

   6で賈詡、6猛将伝で郭嘉、7Empで荀、8で荀攸と続々プレイアブル化しましたが、

   次はそろそろ程┐くるんですかねぇ」

コトタ「そんな感じもしますね」

なた「さて本題に移りましょうか。

   曹操の元には戯志才という軍師がいました」

コトタ「戯志才……?」

なた「曹操の初代軍師と言われる人物ですね。

   同郷の荀に推挙されて、曹操の策謀担当となっていました。

   しかし早くに亡くなっている為、ほとんど史書に記録はありません」

コトタ「ふむ」

なた「曹操に"見所がある"と思われたぐらいですから有能だったのでしょうけどね。

   そんな初代軍師を失った曹操がまた人材を求めました」

コトタ「そこで来たのが……」

なた「ええ、郭嘉です。

   同じく荀に推挙されて曹操に仕えることになりました。

   曹操は"こいつこそ俺の大業を支える人物だ!"と言い、

   郭嘉も"この方こそ私の真の主君だ!"と喜んだそうです」

コトタ「水魚の交わりですね」

なた「それはこの2人ではないですがねwww

   郭嘉の才知は曹操が認める通り確かなものでしたが、

   素行が悪く、陳羣にかなり批判されていたようです」

コトタ「さりげなくビッグネーム出しましたね?」

なた「あ、確かに。

   陳羣は三国時代で数少ない歴史教科書に載る人物ですね。

   郭嘉は陳羣の言葉に耳を貸さず、曹操も変わらず才能溢れる郭嘉を用い続けました」

コトタ「陳羣が可哀想……」

なた「曹操は陳羣の公正な態度を認めていましたけどね」

コトタ「なら良かったです」

なた「郭嘉が凄いのは読みの正しさです。

   呂布との戦いの中、劉備が頼ってきた際は"殺さずに利用すべき"と判断し、

   呂布が斃れてからは劉備を非常に危険視しています。

   その通り劉備は徐州で独立しています」

コトタ「予想通りってやつですね」

なた「そして官渡決戦において、孫策の許昌攻めが噂された時も、

   "彼は周りに嫌われてるから、どうせすぐ暗殺される"と予見しています」

コトタ「それも当たってますね……」

なた「さらに曹操が官渡に勝利し、袁家の残党征伐に関しても

   "後継者争いが勝手に始まるので放置でいい"と言い、

   その通り袁家は長男と三男の争いでボロボロになります」

コトタ「軍師というより預言者なのでは?」

なた「袁尚(袁紹の三男)が万里の長城を超えて逃げた際、

   家臣らは"さすがに長城を超えるのは……"と言いますが、

   郭嘉だけは進軍を推しました」

コトタ「蒼天航路でもしっかり描かれてましたね」

なた「曹操の騎馬軍は袁尚と結んだ烏丸を打ち破りましたが、

   郭嘉は許昌に戻る前に病死したそうです」

コトタ「あらら……」

なた「曹操は郭嘉を大変悼んだそうです。

   赤壁敗戦後には"郭嘉がいれば、こんな負け方しなかったろう"と言ってるぐらいです」

コトタ「そこまで認められていたんですね」

なた「南方の疫病についても曹操と話していたそうですし」

コトタ「やっぱり預言者だった……!」

なた「もしかしたら本当にそんな能力があったのかもしれませんね。

   では郭嘉についてはここらで」

コトタ「次回また会いましょうー!」

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