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コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第69回 法正

基本データ

名前 法正(孝直)

生没 176〜220

出身 司隷扶風郡

正史 37巻 龐統法正伝

親類 法邈(子)

 

コトタ「えーっと、今回は法正さんですね」

なた「劉備軍や季漢においてはオールタイム最高軍師と言える存在です。」

コトタ「そんなにも!?」

なた「劉備が益州を奪い、漢中を勝ち取ったのも、

   法正の軍略があったからこそです」

コトタ「孔明や龐統の影に隠れてけど、したことは凄いんですね」

なた「法正がかなり有能なのは同時代の人物からの評価からもわかります」

コトタ「例えば?」

なた「夏侯淵が劉備に敗北し戦死した際に、曹操が

   "劉備にこんな策略が思いつくわけがない。誰かが入れ知恵したのだろう"

   と言っています」

コトタ「負け惜しみ……?」

なた「裴松之(正史の註釈者)がそう言っていますね。

   また劉備が夷陵で大敗した際に諸葛亮がこう言っています。

   "法正が生きていれば東を攻めるのを止められたはずだ。

    もし止められなくても、あんな大敗をしないで済んだだろう"と」

コトタ「凄い人なのはよくわかりますね」

なた「さらに言えば法正は死後に翼侯という諡号を与えられているのですが」

コトタ「地位と功績を考えれば諡号は普通では?」

なた「劉備が臣下に対して諡号を贈ったのは法正だけです」

コトタ「つまり法正は、曹操と諸葛亮、

    そして劉備に絶賛されていたってことですね」

なた「その通りです。

   ただ才能はピカイチでも、人間性は微妙でしてね」

コトタ「そのタイプですか……」

なた「正史の著者である陳寿は。

   "法正は成否の判断に優れ、並外れた智謀を持っていた。

    しかし徳については誰にも褒められたもんじゃなかった"

   と評価を下しています」

コトタ「どんな悪いことをしたのです?」

なた「そもそも劉備が益州を奪えたのは法正、張松、孟達3人による作戦でした」

コトタ「ふむ」

なた「自分の主君を裏切って、その土地を他人に与えたのは

   紛れもない事実ですよね」

コトタ「確かに徳がある人間のする行動ではないですね」

なた「劉備の政権確立後、法正は蜀郡太守に任命されたのですが、

   小さな恨みも全て果たし、自分を批判する者は全て殺害したそうです」

コトタ「小悪党……?」

なた「しかし諸葛亮は法正の才能を認めていたので、

   それらを見て見ぬフリをしています。

   "殿(劉備)が益州を奪えたのは法正のおかげだから"と」

コトタ「諸葛亮ですらが手につけられなかった……」

なた「無双で報恩報復を徹底するってキャラ付けがされているのは、

   これらのエピソードからなんでしょう」

コトタ「なるほど」

なた「では法正についてはここまでです」

コトタ「次回をお楽しみに!」

 

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