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コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第52回 韓当

基本データ

名前 韓当(義公)

生没 ?〜226

出身 幽州遼西郡

正史 55巻 程黄韓蒋周陳董甘淩徐潘丁伝

親類 韓綜(子)

 

なた「本日は韓当です」

コトタ「程普、黄蓋と並ぶ孫呉の宿将のひとりですね」

なた「ですね。

   しかしプレイアブル化された際は"程普が先じゃない?"と言われてました」

コトタ「じゃない方芸人みたいな扱いですね」

なた「近しい。

   ちなみに演義だと祖茂も加えて孫堅四将としていますが、

   祖茂はしばらくプレイアブル化されないでしょう……」

コトタ「活躍がピンポイントですものね」

なた「ええ。

   さて本題に入りますが、韓当は幽州出身です」

コトタ「揚州や荊州の人ではないんですね」

なた「北方の人間らしく、正史にも"弓馬が巧み"である、と記述があります」

コトタ「ほー」

なた「また膂力の強さもあったことで孫堅に寵愛されたそうです。

   それでも将軍や部将ではなく下っ端の身分でした。

   しかし韓当は勤勉で、危険を冒して功績を上げ続け、別部司馬となれました。

   ただ周りに人士が多く、官爵がなかなか貰えなかったそうです」

コトタ「別部司馬になれたのも孫策に代替わりする直前みたいですね」

なた「ですです。

   この韓当、影は薄いのですが(確か無双でもそんなキャラ付けされてたような?)、

   実際は無双で言う孫呉シナリオでは、

   ほとんどのステージに参加できる存在でして」

コトタ「ほほう」

なた「黄巾や虎牢関を始めとして、孫策の江東平定にも従軍。

   赤壁や南郡、そして夷陵、魏の三方面攻撃と

   前期から中期にかけての大きな戦にもしっかり参戦しております」

コトタ「そう言えば程普や黄蓋より長生きですものね」

なた「まだその2人の回はやってませんが、その通りですね。

   あと時代を遡ると、孫策時代の西塞山での劉勲征伐では

   援軍の黄祖を撃破してたり活躍しています」

コトタ「全然影が薄くない存在ですね……」

なた「最終的には将軍位も与えられ、太守になり、列侯もされて、

   都督も任じられています(周瑜らの都督リレーは大都督なので別)」

コトタ「まさに孫呉の宿将!」

なた「なのですが、息子の代でやらかしてまして……」

コトタ「韓綜……ですか?」

なた「はい、韓綜です。

   韓当の死後、韓綜が官爵を継いだのですが、

   法に触れるような悪いことをしてしまいました。

   しかし孫権は韓当の功績に免じて不問にしたのです」

コトタ「ふむ」

なた「でも韓綜はそうとは知ってか知らずか、処刑されるのを恐れて、

   韓当の棺と一族皆を連れて魏に亡命しているのです」

コトタ「えー!?

    宿将の息子が敵国に寝返った……?」

なた「韓綜は魏でも将軍位を与えられ、別の地に封じられています。

   呉との国境での争いに参戦していたようで、

   孫権は韓綜を大変恨んでいたとのことです」

コトタ「そりゃ父祖の代からの重鎮の一族が、

    一度は許したにも関わらず、自分達を攻撃してくれば恨むでしょうね……」

なた「そんな韓綜は252年に東興で戦死しています」

コトタ「奇しくも孫権が亡くなったのが252年ですね」

なた「孫権の墓に韓綜の首が供えられた、と記述があるので、

   孫権の恨みは死後すぐに達せられたってことですね」

コトタ「韓綜戦死は孫権の呪い!?」

なた「演義だと結構呪いで死んでる人が多いので、

   そうかもしれませんね」

コトタ「怖い……」

なた「というわけで今回はここらで終わりです」

コトタ「はい!

    では次回また会いましょう!」

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