October 2018  |  01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第51回 文鴦

基本データ

名前 文俶(次騫)※幼名が鴦の為、文鴦と呼ばれる

生没 238〜291

出身 豫州譙国

正史 28巻 王毌丘諸葛鍾伝

親類 文欽(父)、文虎(弟)

 

コトタ「今回はえーと、文鴦さんですね。

    238年生まれ……ってことは孔明死後に生まれてるんですね」

なた「もう完全に後期の人物ですね。

   演義では趙雲と並ぶ猛将として登場しており、

   まさに無双という大活躍をしています」

コトタ「そう言えば諸葛誕の回でも少し登場していましたね。

    その時は大活躍って程ではありませんでしたが」

なた「大活躍したのは諸葛誕のひとつ前、

   つまり毌丘倹・文欽の乱の頃です」

コトタ「では相手は司馬昭ではなく司馬師ですね」

なた「ですです。

   毌丘倹は司馬師について11の罪があると弾劾書を書き、

   各地にばら撒いています」

コトタ「11の罪……」

なた「それについては毌丘倹の回で……

   と思ったら毌丘倹はプレイアブルになってませんね。

   前の王凌は司馬懿や司馬氏に対して、

   後の諸葛誕は司馬昭や司馬氏に対して敵意を向けてましたが、

   この毌丘倹はちょっと違うんです」

コトタ「そうなのですか?」

なた「文鴦の回なので短く話しますが……。

   弾劾書の内容を要約しますと、

   "司馬師は色々とひどい!11の罪がある!

    父の司馬懿は忠節に満ちてる!いっぱい功績もある!

    弟の司馬昭は寛大だし誠実だ!

    叔父の司馬孚も勤王家だし、その息子(司馬望)は公正で有能!

    父の功績を考えれば裁くのも申し訳ないし、司馬師は全権を捨てて隠居しろ!"って感じです」

コトタ「司馬氏自体には好意的で、司馬師がとにかく嫌いってことですね……」

なた「ですね。

   かなり毛嫌いしている様子です。

   まあパフォーマンスの面も強いのでしょうけどね」

コトタ「その毌丘倹と一緒に乱を起こしたのが、

    文鴦の父親である文欽ですね」

なた「ええ。

   この文欽、息子に似て?というか息子の文鴦が父に似たのでしょうけど、

   かなり勇猛な武将でしてね」

コトタ「ほほう」

なた「ただ功績の報告を水増ししたり、粗暴な性格というのもあり、

   宮廷としても扱いにくく、テキトーに昇進させて放置してたのです」

コトタ「ええ……。

    そんなのクビにすればいいじゃないですか」

なた「"かなり勇猛"だったので、手放すのも惜しかったんですよ。

   上司が諸葛誕だった時期もあったのですが、当然諸葛誕の性格とは折り合わず、

   非常に仲が悪かったようです。

   しかし後任としてやってきた上司が毌丘倹だった」

コトタ「毌丘倹は文欽と仲良くしたのですか?」

なた「ですね。

   毌丘倹は文欽を手懐け、文欽は毌丘倹に忠実に働いたそうです。

   司馬氏によって誅殺された夏侯玄らと関係が深かった(らしい)毌丘倹と

   そもそも魏に不満がある文欽がタッグを組んでしまったのです」

コトタ「乱が起きるのは時間の問題だった、と」

なた「まあ、そんなところですね。

   というわけで文鴦は当然父親文欽に従って、乱に参加しています」

コトタ「あ、文鴦の回でしたね……」

なた「司馬師は毌丘倹らが守る城まで進軍しましたが、

   全く攻撃せず待機していました。

   そして毌丘倹側もほとんど一切動きを見せません」

コトタ「一気に攻めれば勝てたのでは?」

なた「一応王基が独断で兵糧確保を阻止したりと小さな競り合いはあったのでしょうけどね。

   司馬師は諸葛誕や胡遵、艾の軍が合流するのを待っていたのです」

コトタ「後期のビッグネーム達が……。

    んー?でも動かない理由にはなってないような」

なた「反乱軍からの降伏者が相次いでいたのです。

   なので待ってれば有利になると司馬師は判断しました。

   逆に毌丘倹は援軍を待っていたからです。

   まあその援軍として期待してた諸葛誕や艾は司馬師側にいたのですがね」

コトタ「あらら……」

なた「毌丘倹は籠城していたのですが、兵が逃げていくし兵糧も確保できないし、

   さらに言えば四方を包囲されているし、攻めることも逃げることもできません」

コトタ「四面楚歌ですね」

なた「包囲の準備が整った司馬師は文欽を誘い出す為、

   艾にあえて弱い部隊を率いさせて拠点を攻撃させます。

   毌丘倹はは誘いとわかっていながらも文欽の部隊を出撃させます」

コトタ「戦闘開始!」

なた「文欽が動いたと見るや司馬師の本隊、つまり大軍が動いたのです。

   文欽は司馬師の罠にかかったと気付き逃げようとしましたが、

   文鴦が"父上!態勢が整う前に攻めれば勝てます!"と進言したのです」

コトタ「かっこいい」

なた「さっきも話した様に文鴦はここで、

   まさに無双の如く大立ち回りをしているのですが、

   それは演義の話です」

コトタ「正史ではどうなのです?」

なた「父と兵を分けた文鴦は、司馬師本隊を精鋭騎兵で急襲し、

   奮戦したって記述はあるのです。

   ただ三度切り込み、朝まで戦っても文欽が呼応しなかった為撤退しています。

   そんな文鴦を追撃したそうですが返り討ちにされています」

コトタ「おお……強い……」

なた「結局文欽は司馬師本隊に追い立てられ呉に逃亡。

   毌丘倹も城から逃げますが側近にも見捨てられて、川の渡し場で射殺されています」

コトタ「乱は平定されたってことですね……」

なた「ただ"奮戦した"という記述だけだと、

   文鴦が猛将だったかどうかはわかりませんよね」

コトタ「まあ十分強いとは思いましたが、

    記述だけならシンプルですものね」

なた「ちなみにその文鴦の急襲が原因で司馬師は死んでます」

コトタ「えっ!?!?

    大将を殺しているなら、乱は成功みたいなものじゃないですか」

なた「ああ、いえ。

   直接戦死させたわけでなく、司馬師は目を患ってたそうなのですが、

   文鴦の急襲で踏ん張った所為で、片目がポロリと落ちてしまったそうです。

   それが原因で病気が悪化し死んでいます」

コトタ「えー……」

なた「それほど激しい攻撃だったのでは?と思うのです。

   どう考えても司馬師本隊のが数は多いのに、

   文鴦は大将自らが慌てふためく程の大暴れをしたんだ、と」

コトタ「なるほど」

なた「文鴦については諸葛誕の回で話した通り、

   諸葛誕の乱にて父が殺され、魏に投降しています。

   その後晋の武将として生きているのですが」

コトタ「司馬師の死の原因なのによく許されましたね」

なた「それが微妙なんですよね。

   晋の時代、鮮卑(北方の異民族)の禿髪樹機能が暴れまわってたのですが、

   胡烈や牽弘といった武将が平定できず敗死しています」

コトタ「ほう」

なた「そこで次に選ばれたのが文鴦でした。

   晋にとっては優秀だけど死んでもいい武将ってとこだったのでしょう」

コトタ「えー」

なた「しかし文鴦は樹機能をあっさりと破り、降伏させてます」

コトタ「やっぱり強いんですね」

なた「さて、そんな強い文鴦も冤罪で処刑されるという悲しい最期を迎えています」

コトタ「何でまた……」

なた「楊駿(初代皇帝・司馬炎の妻の父)一派が、

   賈南風(2代皇帝・司馬衷の妻であり、賈充の娘)によって殺されたのです。

   単純に言えば外戚同士の争いですね。

   この事件に与していた司馬繇(司馬懿の孫)のお母さんが諸葛誕の娘だったのですが」

コトタ「??????????????????????????」

なた「わかりづらいですよね!

   私もとっても書きづらかったです!

   "文鴦は父親(文欽)が僕の祖父(諸葛誕)に殺された。

    つまり母上の一族を恨んでるに違いない"と司馬繇は勝手に思い込み、

   文鴦が叛乱を起こそうとしていると讒言したのです」

コトタ「ひどい」

なた「ですねえ。

   では司馬師と毌丘倹の回でしたが……」

コトタ「文鴦です!!!」

なた「そうでした。

   今回はここまでです」

コトタ「意外と長かったですね。

    それでは次回の教えて!三国志をお楽しみにー!」

pagetop