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コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第39回 周泰

基本データ

名前 周泰(幼平)

生没 ?〜?

出身 揚州九江郡

正史 55巻 程黄韓蒋周陳董甘淩徐潘丁伝

親類 周邵(子)

 

なた「39回目、ということは次回は第40回です!!!!」

コトタ「前の企画でもそうでしたけど、

    その記念すべき回にテンション上げるべきでは……?」

なた「あっ……」

コトタ「今回は周泰ですね」

なた「ええ。

   無双だと孫権のボディガードみたいなポジションですが」

コトタ「劉備における趙雲、曹操における許褚ってとこでしょうか。

    まあ無双では趙雲はそういう雰囲気はないですが」

なた「しかし周泰は趙雲や許褚とは違います。

   むしろ孫権のボディガードは陳武というのがいまして、

   そっちは明確に近衛隊長の役職に就けられてますし、

   合肥にて"生命を投げ出して奮戦し討ち死に"と記述があるので、

   恐らく孫権を守って死んだと思われます」

コトタ「ほー。

    今後プレイアブル化されそうなエピソードの持ち主ですね」

なた「ですね。先に蒋欽でしょうけど……。

   えっと周泰に話を戻しますね」

コトタ「はい、お願いします」

なた「周泰は孫策時代からの武将でしたが、

   孫権が彼の人となりを気に入ったので自身の直属の臣下としました」

コトタ「孫権の側近ってのは事実だったのですね」

なた「孫策が山賊を討伐し6つの県を手に入れたのですが、

   その頃孫権が宣城にいました。

   ですが宣城の守りの兵士は1000人足らずにも関わらず、

   防衛を疎かにしており、防壁も修復されていませんでした」

コトタ「あからさまなフラグですね……」

なた「フラグ通り山賊数千人が宣城を攻めてきたのです。

   孫権が馬に乗る頃には周りでは兵士の剣戟が飛び交っており、

   馬の鞍に攻撃をもらう程の状況でした」

コトタ「完全に死線じゃないですか!」

なた「兵士達も全く役に立たず、孫権は絶体絶命のピンチでしたが、

   そこで颯爽と登場したのが周泰でした。

   彼は人一倍の勇気で山賊に立ち向かい奮戦して孫権とその側近を守り抜いたのです」

コトタ「ボディガードみたいなことしてますね?」

なた「ここのエピソードを膨らませた設定なんでしょうね。

   周泰が踏ん張ったおかげで山賊は撤退し、孫権も何とか生き延びることができました。

   周泰には12の傷ができていたそうです。

   そして正史にしっかり"周泰がいなければ孫権は助からなかった"と明記されています」

コトタ「かっこいい……」

なた「その後は黄祖討伐に従軍し、赤壁で曹操、

   南郡で曹仁、濡須で曹操と戦って功績を挙げています。

   なので、しっかり武将として活躍しているんですね」

コトタ「確かに許褚とは違いますね。

    趙雲は少し武将の働きは少しありましたし、まだ似てるってとこでしょうか」

なた「最後の濡須ですが、曹操が撤退後そのまま駐留して、

   監督役となり雑号将軍位を貰っています」

コトタ「ほほう」

なた「濡須には徐盛や朱然がいたのですが、皆揃って周泰の言うことを聞きません。

   記述から察するに、貧乏な家の出身だったってのが響いてそうです」

コトタ「あー……」

なた「そこで孫権が濡須に特別視察に行き、諸将を集めて大きな宴会を催したのです。

   濡須は重要な防衛拠点だったので、周泰の状況を何とかしないと、と思ったのでしょう。

   宴では孫権自ら諸将に酌をして廻っていき、最後に周泰の前に行きます」

コトタ「ドキドキ……」

なた「孫権は"服を脱げ"と周泰に命じます」

コトタ「えっ!?」

なた「周泰が服を脱ぐと、傷痕まみれです。

   孫権はそれを指差して"この傷は何だ?"と理由を問います。

   すると周泰はこれまでの戦を思い出しながら傷の説明をしていくのです」

コトタ「孫権を守った時の傷も残ってますよね」

なた「でしょうね。

   孫権は周泰の手を取り涙ながらに語ります。

   "周泰、お前は俺や兄貴(孫策)の為にクマやトラの如く

    命と身体を投げ出して、ずっと戦ってくれていたよな。

    数十もの傷が身体に刻まれ、まるで彫刻のようじゃないか。

    そんなお前を当然俺は遇したいと思うに決まってるだろう?

    お前は孫呉の功臣だ。栄誉も恥辱も喜びも悲しみも俺と等しくあって欲しい。

    この地で気持ち良く仕事をするが良い。

    貧乏な家の出身だからと言って辞退なんてするなよ?"と」

コトタ「おお……。

    晩年じゃなければ孫権はまともなんですね……」

なた「孫権は自分が使っていた頭巾と青い衣笠を周泰に下賜し、

   事実上"周泰の言うことを聞けよ?"という意味合いのセレモニーを行ったのです。

   こうして徐盛や朱然らは従うようになったそうです」

コトタ「それ以前に孫権は周泰を監督役と指名していたのだったら、

    何で最初から従わなかったんでしょうね。

    この一連のやり取りがあっても、周泰が貧乏な家の出身ってのは変わらないわけですし」

なた「徐盛と朱然は"不満に思った"とあるので、そもそも仲が悪かったのかもです。

   それの原因が貧乏出身ってことなんでしょうかね……。

   もしくは自分らのが功績は上だと思っていたとかでしょうか」

コトタ「あー。功績が不仲や不満の原因であれば、

    "周泰の功績は凄いんだぞ"って君主自身にアピールされたようなものですし、

    納得せざるを得なかった、ってことなんでしょうね」

なた「でしょうね。

   周泰はこの後も漢中太守・奮威将軍を拝命、さらに列侯されています」

コトタ「え?

    孫権が漢中支配したことなんてありましたか?」

なた「いいえ。

   関羽を倒した後、孫権は巴蜀を攻めようとしたのです。

   支配していない土地でも太守や刺史を任命することは結構多いんですよ」

コトタ「なるほど。

    そのまま支配できていれば周泰が漢中太守になっていたってことですよね?」

なた「良いとこに気づきましたね。

   魯粛亡き呉のマスタープランは天下二分ですので、当然巴蜀を支配したい。

   漢中ってのは季漢(蜀)にとってもかなりの重要拠点でした。

   魏延や孔明自身が駐留していたという事実がありますし。

   つまり呉が巴蜀を手に入れれば、変わらずそこは重要拠点となるのですよ」

コトタ「周泰はそれだけ孫権に信任を受けてたってことですね」

なた「明確な記述はないですが、私はそういうことだと思ってます」

コトタ「周泰は凄い!ってのがわかりました」

なた「ですね。

   では今回はここらで」

コトタ「次回の教えて!三国志をお楽しみにー!」

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