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コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第30回 劉備

基本データ

名前 劉備(玄徳)

生没 161〜223

出身 幽州涿郡

正史 32巻 先主伝

親類 劉禅(子)、劉封(養子)、劉元起(族父※父や伯父以外の1世代上の人)

 

なた「なんというか第30回なので大物を」

コトタ「第20回は孫権でしたものね」

なた「まあ第10回が曹休でしたがね……。

   最終回(第94回)までに残り6回第10*n回があるので、

   袁紹、曹操、曹丕、孫堅、劉禅、司馬懿の6人で何とかします!」

コトタ「忘れないようにしましょうね?

    でも最終回も大物にしたいのではないですか?」

なた「あっ……。

   じゃあ司馬師を入れてなんとか……」

コトタ「なんで司馬昭(第5回)や孫策(第24回)を無駄遣いしたんですか!!!!

    第1回は置いといても最終回と10*n回の為に10人候補決めてればよかったのに!!!」

なた「本題に入ります!!!!」

コトタ(無理矢理だなぁ……)

なた「さて劉備ですね」

コトタ「演義の前半主人公で、日本でも大人気ですよね」

なた「そうですね。

   だいたい演義やその他創作(横光等)で劉備を好きになる人が多いと思います。

   その流れで当然孔明も好きで、曹操は悪人で嫌い!ってのが続きます」

コトタ「ただ劉備批判も多く見かけますね」

なた「正史に触れたばかりの人はまずそうなりやすいんです。

   演義の人徳者であり聖人劉備からのギャップなのか、

   正史や正史系創作物の影響で劉備アンチになっちゃうって流れは定番でしてね」

コトタ「なたさんもそうだったのですか?」

なた「私は珍しく正史系から入ったのもあって、

   劉備や曹操に特別好き嫌いの感情はありませんでしたね。

   ぶっちゃけ劉備も曹操も好きですから」

コトタ「なるほど」

なた「正史を読むと確かに劉備は無能とまでは言いませんが、

   演義程有能(演義でもそこまで有能には描かれていない)ではありません」

コトタ「ふむふむ」

なた「ですが戦場では抜群のエスケープ性能を誇り、

   自分の兵士を率いた時はしっかり勝っていたりとそれなりに戦上手だったりします。

   劉備は割と人様の兵士を借りて戦うことが多かったのですよね」

コトタ「だから負けていた、と」

なた「相手が強過ぎたってのも事実ですけどね。

   では強いとも弱いとも言えない劉備が何故人心を引きつけることができたのか。

   コトタさんわかりますか?」

コトタ「えっと……、"徳"でしょうか?」

なた「正解!

   よく劉備はたかが地方軍閥で無謀にも独立した馬鹿とか、片田舎のヤクザものと揶揄されるのですが、

   それも一部間違いではないのですけどね。

   しかし劉備には"徳"が備わっていたのです」

コトタ「古来の聖人とは違う"徳"なんですかね」

なた「ええ。

   教えて!封神演義に登場した聖人らは有能そのものでしたよね。

   はっきり言って時代を超えるチーターレベルの人達でした」

コトタ「でしたね」

なた「とある有名歴史家さんの言葉を借りますが、

   逆に劉備は古代聖人と違って、能力という能力がほとんどありませんでした。

   上で少し戦上手と触れましたが、個人の武芸のレベルは微妙ですし、

   兵法も知ってるわけではないですし、学問を嫌い、教養もなかった人です」

コトタ「結局ボロクソじゃないですかー!」

なた「それだけに、周りが提案したことは何でも受け入れて採用しました」

コトタ「お……?」

なた「もし失敗しても怒ることはありませんでした。

   "俺がやってたらもっと失敗してただろうし"って考えだったんです」

コトタ「無能だからこそ人を頼り、

    だからといって失敗に終わっても、それ許したことが"徳"?」

なた「そういうことです。

   みんなそんな劉備の"徳"に触れたので、ついていったのです」

コトタ「大きな器だったんですね」

なた「ですね!

   なので史実では劉備は大人物じゃない!みたいな評価は一先ず忘れるべきです。

   そもそも思い出して欲しい、正史でも曹操はこう言っているのです。

   "この天下の英雄は余と君だけだ!"と」

コトタ「間違いない根拠ですね!」

なた「というわけで本日はここまで!」

コトタ「是非次回でお会いしましょう!」

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