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コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第14回 大喬

基本データ

名前 大橋※演義では大喬

生没 ?〜?

出身 豫州梁国?

正史 54巻 周瑜魯粛呂蒙伝

親類 孫策(夫)、橋玄(父?)、小橋(妹)

 

なた「前回がかなり長かったので今回は短縮になりそうな人物です」

コトタ「基本データも?マークだらけですね」

なた「橋公の娘で孫策の妻って情報しかないですからね。

   孫策と周瑜が皖城を制圧した際に妹と一緒に捕虜となり、そのまま側室となったらしいです」

コトタ「ふむふむ」

なた「それだけです」

コトタ「えっ」

なた「お馴染み裴松之の註釈にて、江表伝では

   "橋公の娘は故郷を失ったけど、俺らに娶ってもらえたんだし満足だろ"と孫策の言葉があります」

コトタ「でも皖城って揚州ですよね?

    故郷は豫州なのでは?」

なた「そこらへんよくわからないんですよね。

   父親がそもそも橋玄かも微妙ですし」

コトタ「演義では喬公=喬玄って感じでしたっけ?」

なた「そこもまた微妙でして……。

   一応史実でも曹操は橋玄に"妻子を任せたい"と言われており、

   演義では諸葛亮によって曹操が"喬公との約束があるから二喬をもらいにいくぜー!"と言っていた、

   なんて聞かされた周瑜(小喬の夫)が赤壁開戦に踏み込むという経緯もあるので、

   関係はあるのかもしれないけど、演義のことは正史に記述もないので……」

コトタ「つまり……よくわかんないってことですね?」

なた「そういうことになりますね。

   橋玄って109年生まれで183年に亡くなってるんです。

   なので三国時代の人物ではなく完全に後漢代の人物でして。

   その橋玄の娘だとすると、いくら老いてからの子供でも若くて孫策や周瑜よりは年上、

   というか曹操よりは若いかってぐらいな感じするんですよね。

   だから江表伝の孫策の若干上から目線な言葉に繋がったのかなぁ、っていうお話もあります」

コトタ「イメージから離れすぎてますよ!」

なた「ですね。

   なので今回はここら辺で」

コトタ「あ、はい。

    えっと、次回をお楽しみに!!」

 

 

 

 

 

コトタ「それにしてもなたさん」

なた「はい?」

コトタ「大喬でここまで話しちゃうと小喬の回はどうなるんです?」

なた「あっ!!!!!!!!!!!!!!」

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