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コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第13回 諸葛誕

基本データ

名前 諸葛誕(公休)

生没 ?〜258

出身 徐州瑯琊郡

正史 28巻 王毌丘諸葛鍾伝

親類 諸葛靚(子)、諸葛亮(遠い親戚)

 

なた「あぁ〜!語りがいのある人の音ォ〜〜!!」

コトタ「諸葛誕ですね」

なた「諸葛誕は諸葛亮や諸葛瑾と同じ瑯琊諸葛氏です。

   本家筋は諸葛誕だと思うのですけど、こんな言葉があります。

   "蜀はその龍を得、呉はその虎を得、魏はその狗を得た"と」

コトタ「諸葛亮が龍、諸葛瑾が虎、そして諸葛誕は狗扱いってことですか」

なた「ええ。

   無双8のキャラクター紹介ページでもその言葉を元に、

   揶揄されたと記述がありますが、これはそういう意味ではないです」

コトタ「え?」

なた「記事を書くに当たって一応Wikipediaも見たのですが、冒頭に書かれていました。

   あくまで賞賛の言葉だってことです」

コトタ「えーっと……功狗、功ある者……なるほど」

なた「事実諸葛誕の事跡を辿ればわかる通りでしてね。

   確かに最後は裏切り者として処理されて、

   魏書も叛臣列伝みたいなとこにまとめられているので、

   他の諸葛氏と比べれば狗と揶揄されて致し方ないのかもしれませんが」

コトタ「諸葛誕と言えば反乱を起こして司馬昭に倒されたってイメージが強いですね」

なた「ですね。

   王凌、毌丘倹、文欽に続く東方での魏国内における司馬氏への反乱者です」

コトタ「どういう立場だったのです?」

なた「諸葛誕は東方軍司令官です。

   先日解説した曹休、そして後日解説予定の満寵(共に無双8でプレイアブル化)の後釜ですね」

コトタ「征東大将軍、都督揚州諸軍事……。

    かなりの重鎮ポジションじゃないですか」

なた「ええ。

   諸葛誕は淮南の地で都督としてしっかりやってたので、

   民衆からも将兵からも慕われていました」

コトタ「そんな人が何故反乱を?」

なた「軽くまとめますね。

   256年に呉が徐州に侵攻した際に"10万の増兵と新しい城作らせて!"と朝廷にお願いしましたが、

   "お前の今の軍勢で余裕だろ?"と聞き入れてもらえませんでした。

   さらに同じポジションにいた王凌や毌丘倹が以前反乱をして討たれています。

   そして諸葛誕は司馬氏にとって敵であった曹爽一派の夏侯玄と仲良しでした。

   あと孔明と同族というのも関係していたかもしれません」

コトタ「ふむふむ」

なた「つまり次は自分が討たれるのでは、と不安になっていたのです。

   そんなタイミングで朝廷から早馬が来ました。

   "お前司空(三公・文官のトップ3人衆)ね!楽綝に軍を預けてきなさーい!"と詔勅だそうです」

コトタ「昇進じゃないですか!」

なた「諸葛誕は淮南で慕われていたって言いましたよね。

   民衆には財貨を分け与え、罪人も許すことで、

   諸葛誕の為なら死んでもいいという私兵を編成したりしていました」

コトタ「ええ。そんな良いことができる人だからこその昇進でしょう?」

なた「これは賈充の策でしてね。

   朝廷としても、司馬昭を始めとした司馬氏勢力としても、

   淮南という曰く付きの土地で慕われている諸葛誕を危険視していたのです。

   増兵を聞き入れなかったのもその為です。

   中央に呼び寄せれば(淮南から引き離せば)何とでもなる、ということです」

コトタ「でも諸葛誕はまだ悪いことしてないじゃないですか!」

なた「ええ。

   ですが"司空になるなら王昶さんのが先じゃないか?"と

   "詔勅なのに勅使が来ないで早馬?"って2点で疑いが深まり、

   司馬昭に対して反乱したのです」

コトタ「あらら……。

    王昶さんは南方軍の司令官ですね」

なた「ですです。

   まあ賈充としては"中央にはどうせ来ないけど暴走して諸葛誕は反乱する"から、

   大義名分ができるので、(司馬昭勢力にとっての)危険因子を討伐できて

   結果オーライってとこだったのでしょう」

コトタ「賈充、怖い……」

なた「さっき少し触れた楽綝は楽進の息子で、諸葛誕の部下でした。

   なので順当に行けば次の東方軍司令官だったのでしょうけど、

   "諸葛誕に不意打ちで殺された"というあっけない最後です」

コトタ「あっけない……」

なた「楽綝を殺した諸葛誕はすぐに文官武官や精兵を揃え、

   10万を超える勢力で1年は戦える糧食を集めたのです」

コトタ「ああ……朝廷の"お前の今の軍勢で余裕だろ?"の意味がわかりました。

    諸葛誕さん有能だから、本当に余裕だったんですね」

なた「そこです。

   だからこそ危険視されていた。

   司馬昭は曹髦と郭皇太后に親征させ、さらに諸葛誕を追い詰めます」

コトタ「……?」

なた「諸葛誕は先人2人同様に飽くまで魏皇室ではなく、

   司馬氏への反乱って気持ちだったのでしょう。

   そこで皇帝自らが親征に来たとなれば魏へ帰ることはできないのです」

コトタ「ずる賢い……」

なた「この諸葛誕の反乱はさりげなく呉の滅びへの何歩目かわかりませんが、

   いずれにせよカウントダウンが大きく進みましてね」

コトタ「呉がどうして関わるのです?」

なた「呉軍は諸葛誕に要請されて援軍を派兵しているのですが、

   結果だけ言うと、全端(全の甥)らは魏に寝返り、

   朱異(朱桓の子、朱拠の族子)は命令拒否を理由に孫綝に誅殺されてしまってるのです」

コトタ「ほほう。彼らは大物なのですか?」

なた「全と朱拠の妻はそれぞれ孫権の娘です」

コトタ「がっつり大物でしたね……」

なた「敵国の内乱を手伝ったばかりに重要な人物や将兵を失ってしまったのですね。

   さて色々あって諸葛誕は戦死します」

コトタ「主役まであっけなく殺さないでください!!!」

なた「んー。じゃあしっかり語りましょうかね。

   その呉からの援軍には文欽も混ざってましてね」

コトタ「毌丘倹と共に司馬師に反乱したんでしたっけ?

    文鴦のお父さんですよね」

なた「仰る通りです。

   司馬昭ら魏軍は諸葛誕や呉軍を圧倒し包囲していきます。

   諸葛誕も籠城を続けますが、当然ながら呉からの援軍も届かなくなります。

   1年戦える糧食は集めてましたが、呉からの援軍で人が増え、

   さらに全端らは降伏して恐らく糧食を持ち去っている。

   当然糧食は尽きようとします。

   そこで文欽が"俺が連れて来た呉の兵だけならご飯は足りるんじゃね?"とか言っちゃいます」

コトタ「それって諸葛誕にとっては、自分の為に命を惜しまず戦ってきた仲間を捨てろってことですよね?」

なた「ええ。

   なので文欽は殺されました」

コトタ「ああ……」

なた「さすがに父親を殺された文鴦と文虎は諸葛誕のとこに乗り込もうとしますが、

   誰もそれに従わないので魏へ降伏」

コトタ「その流れで文鴦が無双では晋勢力なんですね」

なた「でしょうね。

   司馬昭は2人の降伏を認め、さらに諸葛誕を追い詰めます」

コトタ「今度は何を……?」

なた「文鴦と文虎が諸葛誕の籠城する城の周りで叫ぶのです。

   "文欽の息子が許されてるぞー!降伏しちゃえしちゃえー!"と」

コトタ「えぐい策ですね」

なた「もうそうなれば城内は瓦解しますよね。

   司馬昭は包囲する全軍に攻撃命令を出します。

   城内になだれ込むも諸葛誕の兵は反撃もしません」

コトタ「勝てない戦ですものね……」

なた「諸葛誕は手勢だけを連れて司馬昭の首だけを狙うように馬で戦場を駆けます」

コトタ「お……?」

なた「しかし健闘したかはわかりませんが、それも虚しく、

   胡奮の兵士によって斬り殺されたそうです」

コトタ「なんか諸葛誕さん可哀想ですね……」

なた「諸葛誕の首級は都に送られ、一族は皆処刑。

   諸葛誕の直属の私兵は改めて降伏勧告するも拒否。

   "諸葛公の為に死ぬなら悔いはない"と全員死を選んだそうです」

コトタ「本当に慕われていたんですね……」

なた「ちなみに諸葛誕には諸葛靚という息子がいるのですが、

   呉への援軍要請の際に、人質として呉に残ってまして、

   一族が皆処刑されたことから魏にも帰れず呉に仕官し、結構昇進してます」

コトタ「やっぱりそれなりに有能なんでしょうね」

なた「それなりどころか後世からの評価も高い人物ですね。

   ここでは語りませんが、呉滅亡直前の張悌とのエピソードもなかなかです。

   司馬炎と旧知だったのもあり(良家の子息同士)、

   大司馬に任命されたぐらいですから。

   ですが父を殺した司馬氏を許さなかったのでしょう。

   任命は断ってそのまま隠棲したと言われています」

コトタ「ふむ……。

    本当に語りがいのある人でしたね」

なた「はい。

   というわけで今回は以上です」

コトタ「次回をお楽しみに!」

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