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コトタさんの教えて!三国志 無双武将編 第7回 賈詡

基本データ

名前 賈詡(文和)

生没 147〜223

出身 涼州武威郡

正史 10巻 荀荀攸賈詡伝

親類 著名な者はおらず

 

なた「では今回は賈詡です」

コトタ「魏の文官軍団って名前にてるのが多いですよね。

    荀、賈詡、程─郭嘉、この辺り」

なた「確かに。

   さて本題ですが、賈詡ってどんなイメージあります?」

コトタ「うーん……。

    なんか見た目的にも悪巧みをしてそうな?」

なた「そこまで間違ってはいないですね。

   ただ別に悪人というわけではないです。

   董卓死後にさらに荒れに荒れまくった後漢ですが、

   曹操が献帝を推戴するまでの間、朝廷を支えていたのは賈詡その人と言えます」

コトタ「涼州出身で勤皇家……?」

なた「珍しいことではないですよ。馬騰も勤皇でしたでしょうし」

コトタ「ほほう……」

なた「賈詡は曹操を追い詰めたことがある人間4人のうちの1人と言えます」

コトタ「えっと……周瑜がまず1人ですね」

なた「ですね。

   あとは呂布と馬超もそうです」

コトタ「そう言えば典韋と曹操の息子(曹昂)を殺したのって賈詡でしたっけ」

なた「ええ、張繍(董卓軍の残党で1勢力を築いていた)に従って謀略を尽くし、

   曹操をやばいところまで追い詰めたのは賈詡です」

コトタ「謀略で曹操に勝つってのも凄いですね」

なた「その後、曹操に張繍と共に降伏することを決めたのも賈詡です。

   当然、曹操に仕えてからも献策を重ねています」

コトタ「凄い人なんですね」

なた「正史に伝が立てられてる位置から考えてもそうですね。

   曹操や曹丕ら皇帝、そして皇后やお妃様達、

   曹操軍にとっての敵となった者、夏侯惇や曹仁ら親藩が並んで、

   その次に曹操の最大のパートナーとも言える荀や、

   軍師の筆頭とも言える荀攸と同じ巻にまとめられてるのですから」

コトタ「荀や荀攸と一緒ってだけで凄さ倍増しました」

なた「官渡においても、関中軍閥(韓遂・馬超らの同盟)の反乱においても、

   賈詡の言葉が光って曹操は勝利を収めています。

   また何より曹操の後継者争いに終止符を打ったのも賈詡です」

コトタ「曹丕と曹植でしたっけ?」

なた「ですね。

   曹操が"どっちにしよー!"と悩んで賈詡に問いかけましたが、

   賈詡はぼーっとしていました。

   そこで"お前俺の話聞いてるのか!?"と問うと、

   "袁紹と劉表のことを考えてました"と返したのです」

コトタ「袁紹は三男を選び、劉表は次男を選び、

    どちらも滅びた……?」

なた「ええ。まあ滅ぼしたのは曹操なんですが。

   既に長男(曹昂)と次男(曹鑠)は亡く、長子は曹丕です。

   というわけで曹丕が立太子されたのでした」

コトタ「曹丕にも重用されるってわけですね」

なた「ええ。

   曹操死後も魏の重臣として、太尉に任命されています」

コトタ「おー」

なた「しかし賈詡なのですが、陳寿からは評価は高かったのですが、

   注をつけた裴松之には嫌われまくってまして、

   "こんな奴を荀や荀攸と同じ巻にするのはおかしい!"とまで言われています」

コトタ「歴史家ですら評価・意見が違うのですから、

    我々現代の人間ならもっと色々な評価や意見しちゃうのは当然ってことですねえ」

なた「その通りです。

   私個人としては死にゆくしかなかったはずの後漢を支えた賈詡の行政手腕は凄いなって思いますね」

コトタ「なるほど」

なた「では本日はここまで!」

コトタ「次回また会いましょうー!」

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