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コトタさんの教えて!三国志 第5回

ネタが思いついたので短縮版ではありますが、

少し久しぶりな教えて!三国志のコーナーです!

 

※コトタさんは声を出しませんので筆談形式と思ってください。

 

なた「前回同様、この企画久しぶりですね」

コトタ「えーっと第4回が3月下旬ですから1ヶ月以上経ってますね」

なた「ですね。

   先日じぇんとるめんさんという方を取材したのですが」

コトタ「読みました。フリートーク取材をされてましたね」

なた「そこで全面カットしたシーンがあったのはご存知ですか?」

コトタ「あ、途中でありましたね」

なた「そこで話していたのが関羽についてだったのです」

コトタ「何となく察してましたが、やっぱり三国志の話題でしたか」

なた「ただあまり深いところまで語る時間もなかったですし、

   PS4での都合上言葉もぐだぐだだったので、しっかりまとめたいなと思いまして」

コトタ「それであちらではカットして、第5回のネタとして流用した、と」

なた「その通りです」

コトタ「素直ですね。

    つまり今回は質問が届いたわけではなく、取材中に話そうとした内容を別録したって感じですね」

なた「まあそういうことです」

コトタ「では早速関羽さんのことを教えてください」

 

神となった将軍

なた「関羽はググってしまえばいくらでもどんな人か解説されてる人物ですよね」

コトタ「確かにそうですね。

    それこそ劉備、孔明の次に名前が挙がる武将のイメージです」

なた「ですよね。

   関羽は死後、神として扱われる程の存在で、

   時の皇帝達は"関羽みたいな人になろう!"という意味合いも込めて、

   どんどん後付けで名前が増えていったのです」

コトタ「名前が増えた?」

なた「明の万暦帝は関羽に対して三界伏魔大帝神威遠鎮天尊関聖帝君という神号を贈っています」

コトタ「長いですね……」

なた「その他にも清の乾隆帝からは忠義神武霊佑関聖大帝と贈られたり」

コトタ「これまた長い……」

なた「他にも色々追贈されてますが、とりあえずここら辺で。

   神格化となるとやはり宗教が関わるのですが、当時の中国における三大宗教は道教、仏教、儒教ですね。

   例えば道教では協天大帝関聖帝君と呼ばれておりますし、仏教では伽藍菩薩とされています」

コトタ「もちろん儒教でも?」

なた「文衡聖帝ですね。

   とにかくすっごい神様クラスの武人なんだから尊敬しなさい!という感じです」

コトタ「ふむふむ。

    では生前は当然大活躍した名将ってことですね」

なた「確かに三国志の歴史上においても大人物として見るべきではあるのですが、

   関羽ってそこまで凄いことはしていないんですね」

コトタ「え?」

なた「凄いことはしてないだと語弊はありますが、

   歴史的な意味では物語や創作物で描かれる神のような存在ではなかった、

   って感じでしょうか」

コトタ「なるほど」

なた「では関羽について詳しく見ていきましょう」

 

全敗将軍、関雲長

なた「まず関羽は陳寿が書いた正史本文だけで見れば、

   原稿用紙3枚に満たないぐらいしか記録がありません」

コトタ「少ない……」

なた「まあそもそも何百何千、いや100年近い時代の歴史書なので、

   全ての人物を合わせれば何万といる中で自分の列伝が立ってるだけでも凄いので、

   少なくても十分ではあるのですが」

コトタ「M-1グランプリの決勝で最下位の人がよく批判されてるのを見ますが、

    彼らも実際は数千組を勝ち上がった上位なんだってことが忘れられてるみたいな話ですね」

なた「そんな感じです」

コトタ(それでいいんだ……)

なた「そんな関羽は裴松之の注やその他の民間伝承等、

   そして三国演義によって、先述のような神と同等の扱いとはなっているのですが、

   さて関羽といえば何をしていた人でしょう?」

コトタ「えっと……武将?将軍?」

なた「正解です。

   彼は劉備と一時期は曹操にも仕えた武将であり、晩年では軍を率いる将軍です」

コトタ「黄巾の乱から襄樊までずっと戦い続けてるイメージですね」

なた「ええ。

   その黄巾の乱の以前について少し触れましょうか。

   正史にも記述がありますが、関羽は河東郡解県出身です。

   解県は塩の産地でもあったので、塩の密売をしていたという伝説もあったり、

   悪い商人を殺した罪で幽州に逃げてきたという話もあったりですが、

   正史の本文には出身と幽州へ亡命したとの記述しかないので詳しくはわかりません」

コトタ「確か字は元々長生でしたね」

なた「ですです。

   まあその幽州で劉備と知り合い、あとは皆さんのよく知る三国志のお話ってとこなのですが」

コトタ「えーと、劉備の右腕としてあらゆる戦場で一騎打ちをして、

    並み居る武将をばったばったと倒しちゃう最強武将!みたいな?」

なた「確かに呂布や張飛を除けば個人武勇では最強クラスだったかもしれません。

   さて将軍とは何をする人でしたでしょうか」

コトタ「軍を率いる人……?」

なた「その通り。

   三国志では史実において一騎打ちが行われたケースなんてのはほぼないのです。

   つまり関羽がすることは一騎打ちではなく兵やそれこそ軍を率いて戦う将軍の役割なのです」

コトタ「では軍を率いていた関羽はどうだったんですか?」

なた「関羽が司令官として戦ったものを並べてみますね」

 

209年、江陵にて李通に敗北

210年頃、襄陽にて楽進に敗北

212年、青泥にて楽進に敗北

215年、益陽にて呂蒙に敗北

219年、樊城にて曹仁に敗北

219年、江陵にて呂蒙に敗北

 

コトタ「あれ?全部負けてません?」

なた「そうなんです。

   関羽は主将だと全敗しているのです。

   確かに大きな戦争において、何度も戦った上で結果的に敗北となっているとうのもあります。

   例えば樊城では于禁には勝っていますが、援軍にきた曹仁と徐晃に負けているので、

   その戦争においては敗北したと言えるというわけです」

コトタ「強すぎて負け無しだと思ってました」

なた「確かに武将としても将軍としても天下一品で戦術面においても強いのは間違いないです。

   しかし相手が悪かったり、戦略面においては三流だった為にこのような結果なのです」

コトタ「関羽が死んだ理由も孫権とのやり取りが一因ですものね……」

なた「魯粛が生きていれば変わったかもしれませんが、

   魯粛は死に、後を継いだのは対西強硬派の呂蒙でしたからね」

コトタ「それにしても楽進って一般的には魏軍の雑魚武将って印象でしたが、

    関羽には2回も勝ってるのですね」

なた「雑魚武将どころか、夏侯惇や曹仁ら親藩を除けば、

   于禁と並び曹操軍の最古参として戦い抜いた名将のひとりですからね」

コトタ「なるほど。

    ちなみに関羽が主将じゃなければ勝利は多いのですよね?」

なた「白馬津においては顔良、博望においては夏侯惇とビッグネームに勝利していますね。

   1部隊を率いて戦うことについては強かったのでしょう」

コトタ「しかし将軍が率いるのは1部隊ではなく、1軍やそれ以上」

なた「そうなんです。

   事実上劉備勢力の大将軍的なポジション(漢中王時代に前将軍)でしたので、

   彼は軍を率いて勝利をしないといけない立場でした」

コトタ「弱くはないが、色々な要素があるにせよ軍を率いる将軍としては最強どころか全敗だったと……」

なた「はい。

   しかし関羽はそれでも三国志を彩る人物の中では一際輝く名将なのです。

   やはり忠義の士として同時代の人物からも称賛されていたので、

   そこの面ではさすが関羽といったところでしょうか」

コトタ「劉備と似たとこありますね。

    弱いけど人間性で評価されてるみたいな」

なた「あーーー。

   まあ義兄弟なので似たのかもしれませんが、

   劉備って事実勝ちより負けが多いのですけど、

   関羽と違って軍を率いるという点で考えると戦上手なんですよね」

コトタ「!?」

なた「そりゃ中国各地を渡り歩いた歴戦の将軍ですもの。

   まあそこら辺は今日のテーマには沿ってないので今後話すかもですね」

コトタ「楽しみにしておきます」

なた「てなわけで関羽についてはこんなところで。

   他にも関羽の性格に纏わるお話とかもありましたが、

   またそれは別の時に話せたらと思います」

コトタ「次回の教えて!三国志をお楽しみに!」

 

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